
ケイ
@flyingkei
2026年10月24日
ツァラトゥストラはこう言った(下)
ニーチェ,
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ,
Friedrich Nietzsche,
氷上英広,
氷上英廣
読み始めた
第三部冒頭〜「重力の魔」
山上の洞穴へと帰還する途中、ツァラトゥストラは船上で前向きな心を取り戻す。挑戦する意志、自らの運命を克服する強さを持って、孤独な放浪者として自分自身の道を行くことを決意する。
高みを見極めるために、ツァラトゥストラは深淵を覗き込む。そこで見た「瞬間」の門と小人(重力の魔)との幻影の中で、ツァラトゥストラは、すべての瞬間が「無限(永遠)の未来」と「無限(永遠)の過去」に挟まれた一瞬であるならば、この一瞬はすでに幾度も繰り返されこれからも繰り返され続ける、「永遠に還ってくる」ものなのではないかという恐ろしい真実と向き合う。この時点ではこの思想(永劫回帰)についてはこれ以上深掘りはされない。ただ、続く幻影で、口に入り込み喉に噛みつく蛇をその頭ごと噛みちぎり微笑む超人のビジョンが語られる。
重力の魔は、存在しない神への虚しい信仰、人間を畜群化するくだらない宗教的・社会的モラルの象徴であると同時に、神なきこの世の恐ろしい真実と真剣に向き合わず「投げられた石が必ず落ちるようにお前もどうせ落ちる」とニヒリズムにひたる浅薄さをも象徴している。ニーチェがツァラトゥストラの口を借りて説いているのは、くだらなさにも浅はかさにも迎合せず、自身の内側から湧き出る同情心にも打ち克って、ひたすら上を、高みを目指すべしというとても強く厳しい要求である。この厳しい要求を向けられているのは、当時のヨーロッパ社会の人々、現代に生きる我々、そして誰よりニーチェ自身なのではという印象が拭えない。