
いぬい
@inuiru
2026年10月22日
読書について
ショーペンハウアー,
アルトゥル・ショーペンハウアー,
鈴木芳子
読み終わった
105p ↓これはまじでそう
" 本を買うとき、それを読む時間も一緒に買えたら、すばらしいことだろう。"
ニーチェがショーペンハウアーの悪口を言いまくっていたのが気になって読んだんだが、ショーペンハウアー先生とにかく口が悪い。「へぼ作家」「匿名のごろつき」「空っぽの脳みそがひねり出した駄作」「どんよりした脳みそ」などなど……
ニーチェいわく「ショーペンハウアーに敵がいなければ彼は病気になっていただろう」とのことだが、それはそうかもと思わせる。あと急にこっち向いてくるのがニーチェとおなじやんって思って笑った(ニーチェが影響を受けたのであろう……)。
「著述と文体について」はかなり耳の痛い部分があった。
52p
" 考え抜かれた明快な思想は、ふさわしい表現をたやすく見つける。人知のおよぶものは、実際つねに明快でわかりやすく、疑問の余地のない言葉で表現できるものなのだから。ややこしく、はっきりしない、錯綜した、あいまいな文章を作り上げる連中は、自分が何を言いたいのか、きちんとわかっておらず、思想を求めて呻吟しているのをぼんやり意識しているだけだ。だが連中はしばしば、そもそも主張すべきものが何もないのを、自分にも他人にも隠そうとする。"
80p ↓これはまじで私そのもの、常に「神のみぞ知る」と思っている
" 全体がどんな形になるのか、結末はどうなるのか、およそ見当がつかない。多くの著述家は全体像すら知らず、サンゴ虫がサンゴ礁をつくるように書いてゆく。文は文に連なり、行く先は神のみぞ知る。おまけに「現代」生活は猛スピードで進む。文筆の世界でそれは極度にぞんざいで、ずさんな文章となってあらわれる。"
81p
" 主張すべきことは、ひとつずつ言いなさい。六つのことを一度にごっちゃに言ってはいけない。"
「読書について」では、最近まさに感じていたことを指摘されていたのでかなり頷いた。「読書とはじぶんで考える代わりに他人に考えてもらうこと」というのは常々実感している。
99p
" ひっきりなしに次々と本を読み、後から考えずにいると、せっかく読んだものもしっかり根を下ろさず、ほとんどが失われてしまう。概して精神の栄養も身体の栄養と変わりはなく、吸収されるのは、摂取した食物のせいぜい五十分の一にすぎない。残りは蒸発・呼吸作用その他によって消えてゆく。"
同時に「読んだものをすべておぼえておきたがるのは食べたものをみな身体にとどめておきたがるようなものだ」ともあり確かに! と思うなど。ただ読むだけ、でもなく、おぼえておくため、でもなく、それが栄養になるように反芻すること……って、まあ分かっているけどそれが難しいんだよな。
それと先生「当局は国民の目の健康のために小さな活字を監視せよ」て言ってて、それはほんとにそうかもと思った。あと、『創世記』でヤコブにかなりムカついてたんだけど、先生が「エサウがかわいそうだろうが、エサウに祝福あれ」みたいなこと言ってて(言ってない)分かる〜! てなった。
私は口が悪いひとが結構にがてなんだけどショーペンハウアー先生は「まあ言ってることは分かるよ」て感じなので憎めない感はある。あと犬を飼ってた点でかなり好感度が上がってしまっている(ショーペンハウアーで検索するとプードルと散歩している銅像が出てくる)(メフィストフェレスもプードルの姿で現れてるけど、プードルってなんなん?)。

