くにっち "レシタティフ" 2026年10月30日

くにっち
くにっち
@kuni
2026年10月30日
レシタティフ
レシタティフ
トニ・モリスン,
ゼイディー・スミス,
篠森ゆりこ
1993年に有色人種の女性で初めてノーベル文学賞をとった著者の唯一の短編。 実験的な小説で、かなり興味深かったです。 1950年代頃のアメリカと思われる福祉施設で同室になった少女トワイラとロバータは、白人と黒人の2人組。塩と胡椒と呼ばれています。 その後施設をでた2人は、人生で何度か邂逅するのだが・・・という話。 本の構成としては、前半が小説で、後半が解説になっています。 小説は、読みながら最期までモヤモヤして不安定な感覚を持っことになると思います(私はそうでした)。 ネタバレではないのですが、どういう実験かはこのモヤモヤ感が肝なので、知りたくない方は以下は読まないでください。 ・・・・・・・・ 物語はトワイラとロバータという貧しい2人の少女を中心として進むのですが、最後までどちらが黒人でどちらが白人かわからないようになっています。 つまり「人種的背景が重要な意味を持つ異なる人種の登場人物2人の物語から、すべての人種的記号体系(コード)を取り除く実験」を意図して書かれています。社会的な物語からの人種消去です。 社会的、文化的なコードは随所に記述されているものの、叙述トリック的な手法を用いて人種が判別できないように巧妙に描写されています。例えば、ハワード・ジョンソン(ファミレス)でウェイトレスをしているトワイラは白人なのか黒人なのか。ジミ・ヘンドリックスを聴きに行くロバータは白人なのか黒人なのか、銀色のドレスに濃色の毛皮のコートを着ているロバータは・・・など。 それを読者が白人(または黒人)と思うなら、それはなぜなのか。このようにこの実験小説は、読者の思い込みや偏見まであぶり出そうとします。 つまり、私が感じたモヤモヤは、①2人のうちどちらが白人でどちらが黒人なのかをイメージできずに読むことを強いられる、②その描写で白人ぽい、黒人ぽい、と推測しても本当にそうか自信が持てない、という不安定さだったのかなと思います。 トニ・モリソンのこの狙いは、「カラー」の要素をはぎ取り、社会的階級を指標として採用することで人種主義を骨抜きにし、ありきたりの、お手軽に手に入る「カラー・フェティッシュ」を無化して信用に値しないものに変えること、でした。 文芸評論家のエリザベス・エイベルによれば、大半の白人は物語中の「あたし」であるトワイラを白人ととらえるが、大半の黒人はトワイラを黒人とみなす傾向があるそうです。 なお、タイトルのレシタティフ(recitatif)は音楽用語。オペラなどで語りによって物語を進行させる叙唱のこと。もとの意味は「強く呼びかける」という意味。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved