
梔子
@asago_404
2026年10月31日
パラソルでパラシュート
一穂ミチ
読み終わった
────人間の運命はちょっとした事でいいほうにも悪い方にも転がっていく。その不確かさを、わたしは希望と呼びたかった。
ライブで同じ歌を口ずさんでいたスタッフに口パクで待ち合わせ場所を指定され、行ってみるとそのままと家に呼ばれて…と初っ端から現実味のない急展開だけれど、読み進めると歳を重ねた人間のリアルが描かれていた。
30歳という壁。
私たちは、遠い昔の顔も知らない誰かに人生の途中で勝手に分かれ道を作られ『結婚』か『仕事』かの看板を立てられてしまっている。
夢についても、自分にとっての夢なのに、世間的な『成功』に入っていないだけで、『挫折』した『失敗』したなんて勝手に言われてしまう。
結婚しなくても、わかりやすい成功をしなくても、一人で生活できるて、好きなことを出来る稼ぎがあれば十分。そう分かっていても、どこか安定しない崖っぷちに立たされたような気持ちになるのは、目標を掲げ、何かを成し遂げて生きていかないという風に思ってしまうのは、世間の“何となくみんなそうだから”という圧のせい。
そんな、ただ生きていく事を肯定してくれる物語。
主人公はこの手の話でいがちな、大きな声挫折を味わっているわけでもなく、繊細すぎたり特段切羽詰まっているというほどでもないのが印象的で、勿論年相応に悩んではいるけれど、本当にタイトル通り良くも悪くも傘でふわふわ跳んでいるような雰囲気。夢や目標のなかった人生、それでも周りのいうタイムリミットが迫るなかで、夢を信じて突き進む人たちとの出逢いは、言いようのないけれど、確かな安心感、ひいては希望になったのだろう。
今回も比喩表現と温度感が最高に良くて、構成も丁寧で素敵でした。ネバー君と浅田さんが好き。また読みたいな。
* * *
P65 人に話せば繊細すぎるとか甘えているとか言われそうだけど、男女の間だけじゃなく、仕事でも友人関係でも、時には家族の間でさえ、自分の値打ちを絶えず示し続けていなければ酸素を摂取する権利さえ不相応であるような、世の中の空気が苦手だった。
P179 夢とか目標って、一種の呪いだと思った。失うことも諦めることもつらい、でも解放でもある。
P189 最初から、恋愛にも結婚にも興味がない。でも仕事で生きていけるだけの能がないから、そっちのルートを否定してしまえば自分で自分を袋小路に追い詰めてしまうようで怖かった。何もせず楽に生きたいなんて思っていない。でも、目の前の道が「仕事」「結婚」の二択で語られるのは何かが違う。
P225 結婚したくない、とはっきり言えば「じゃあどうするの」と返す刀を受けなければならない。でも、何が「じゃあ」なんだろう。「ただ生きていく」のはそんなにも難しくて駄目なことなのか。
P240 何でもなく生きていくのが難しい。成長、目標、何かきらきらしたものをまとっていないと「怠け」「甘え」の烙印を押される。上昇し続けられない人間は地べたを這いずるしかないという極端な二択の中で「女性が輝く」とか「夢を追うのに年齢は関係ない」とかいうキャッチフレーズを聞くたび、私の頭にはいつも民家のクリスマスイルミネーションが浮かんだ。窓辺に電飾を吊るし、「Merry X'mas」と外に向けて掲げる。それって誰のため?
P296 実現可能性とは関係なく、心底嬉しかった。大人になって友達ができること、たまたま同じ会社で知り合った子とあてのない約束をすること、そこにはかたちになる安全や安心は何もない。でも、セーフティネットってこういうものだと思った。社会保障とか福祉とか、お金ありきで回っていく仕組みだけが人を支えるんじゃない。か細い蜘蛛の糸だって、編めば網になる。崖の底から這い上がるためじゃなく、笑って落ちていくために。
P315「(中略)わたしは、わたしを救ってくれるものを守れたら他はどうでもいい。男に寄ってこられる年齢のときは、現実見ろとかやいやい言われた。何言うとんねんって思った。現実見てるからこそ、非現実を愛してんのに。『現実逃避すんな』って、逃がしてくれへんくせに。私にとってこれは、現実と向き合うために必要な武器」