柿内正午 "プロレゴメナ" 2025年4月18日

柿内正午
柿内正午
@kakisiesta
2025年4月18日
プロレゴメナ
プロレゴメナ
カント,I.,
篠田英雄
(読んでも伝わらない読書メモ) 悟性-カテゴリーと理性-理念の切り分けは、カントにとっては後者の行き過ぎを抑制するという側面のほうが強く出ているけれど、現代社会においてはむしろ、行為への偏重が進行し——つまり悟性による理性の圧倒があり——理念の弱体化こそが問題になっているような気がする。 理性の主観性を客観性と取り違える、その取り違えの質こそが問われているともいえる。誰もがとりあえず信を置くような理念が弱まった結果、理性の暴投はだいたい粗悪な陰謀論に行きつく。なぜそれらが粗悪かというと、超越的な理念へと行きつかず、どこまでいっても行為-結果の世俗的世界観(内在)から脱することはないからで、これはつまり理性への信頼自体が低下して、悟性の圧倒という事態のなかでの理性の暴走という感じがある。かといって、超越しちゃえばいいじゃんともいえないかんじもあり……
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