柿内正午 "プロレゴメナ" 2025年4月23日

柿内正午
柿内正午
@kakisiesta
2025年4月23日
プロレゴメナ
プロレゴメナ
カント,I.,
篠田英雄
オング『声の文化と文字の文化』と併読してることで、カントが試みる悟性と理性の切り分けの意義を考えやすくなっている気がする。悟性とは経験的で文脈依存的な声の文化であり、理性とは超越的で独我論的性格をもつ文字の文化である。第四一節にはこうある。 “理念すなわち純粋理性概念とカテゴリーすなわち純粋悟性概念とを種類、起源および使用に関してそれぞれまったく異なる認識として区別することは、これらのア・プリオリな認識のすべてを含むところの体系を志すような学の基礎を確立するために極めて重要な仕事であり、かかる分離を怠ると形而上学は絶対に不可能であるか、或いはせいぜい筋の通らない不様な試論でしかないであろう。それはあたかも取扱う建築資材の性質も知らなければ、またこれらの資材がどのような目的に使われるのかも知らずに、これを用いて厚紙細工さながらの脆弱な建物を組立てるようなものである。「純粋理性批判」は、この区別を最初に明らかにしたというささやかな業績だけでも、それによって形而上学に関する我々の概念を解明し、またこの学の領域における研究を正しく指導するために寄与したことは、純粋理性に課せられた超越的課題を解決するためにこれまで費された一切の空しい努力にまさるものがある。形而上学においては、昔からかかる不毛の努力がなされてきたのであるが、その場合にこの学の研究者たちは、自分が悟性の領域とはまったく異なる領域にあることを嘗て思いみることをしなかった。それだから悟性概念と理性概念とを、あたかも同一種類のものであるかのように思い誤って、この二つの名を一筆に書き下したのである。”
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