
あんどん書房
@andn
2025年4月22日

世界99 上
村田沙耶香
読み終わった
村田さん、なんというものを書いてくれたんですか…!!
と言ってしまいたくなる作品。
ある一人の女性の視点から、社会の歪みを描いた大作である。
主人公・空子は「性格を持たない」。その場その場で相手が取っている態度に「呼応」して、「トレース」する。
コミュニティの数だけ空子のキャラは分裂してゆく(そらっち、キサちゃん、プリンセスちゃん、そーたん、おっさん……)
さすがにここまで極端ではないし、こんな上手い立ち回りはできないけれど、「自分なんて無いんじゃ…?」みたいなことはよく考えるので共感する。(平野啓一郎の「分人」に近いだろうか)
ネットで声のでかい人にみんな呼応して流されてるみたいな光景はよく見ることだし。
“ニュースに本当に純粋な自分だけの意見でリアクションをしている人がこの世にどれだけいるかはわからない。けれど、「お手本」の人の意見でタイムラインの空気ががらりと変わることはよくあるので、みんな本当はこんなものなんじゃないか、と思っている。”
(P303)
上巻で特にえげつないのが、差別と性犯罪の描写だ。正直これは人によってはフラッシュバックしてしまうかもしれないので、安易にお勧めできない難しさがある。
“痴漢なんて当たり前で、日常の中にとてもよくあることなのに、何度起きても、その時間は少しだけ自分が殺されているような感じがする。”
(P118)
痴漢を受けたのに「そんなキャラじゃないでしょ」と笑い飛ばしてしまう担任。声をあげる女性のせいで自分たちが傷付けられていると喚くインセル的男性。とある遺伝子を持っているだけで陰湿ないじめをされる人々と、差別されないために素性を隠して自分もいじめる側に回る人。
これでもかと描かれる人間の暗部に、思わず何度も本を閉ざしてしまう。
しかし、これは明らかに現実の鏡写しであって、自分が体験していないだけで世の中に存在しているものなんだ、と思う。人間嫌いになりそう。
しかし、最後の最後でまさかの事件が発生する。
ペットとして人気のあった動物「ピョコルン」に関する衝撃的な事実が判明するのだ。それまでそれぞれの正しい世界を生きていた人々は、一挙に何が正しくて何が間違っているのかが分からない世界には突き落とされる。それこそが「世界99」なのだ。
おそらく下巻では、ここまで描かれてきた最悪な世界が予想外な方向に解体されてゆくものと想像する。
本文書体:リュウミン
装丁:名久井直子
装画:Zoe Hawk “Waterway”





