
しをに
@remnkkswn60306
2025年4月27日

読み終わった
GWを乗り切る糧にすると言った側から読み終わってしまったのですが?????
以下、あとで書き直したくなりそうな自分用メモ。
物語自体とどの程度の距離を置いて読むかで印象がまったく変わる作品だと思う。前提として私はこの方の文章がずっとずっと堪らなく好きなのだけれど、それ自体も人によって相性の差が大きく出ると想定する。
この物語の中では何一つ明確に裁かれも許されもしない、ということに読み手によっては一定の覚悟が要る。何より性加害のくだりに関して、なんらか具体的な記憶と結びつく可能性がある人は注意を要すると思う。
恋愛(かつ性愛)の話がど真ん中の軸にあって、基本的には自己中心的でありつつ恋愛に振り回される人々がわんさか出てくるので、それもまた事前に踏まえていた方がいいように思う。
と、いう、あらゆる方面から人を選び選ばれる作品なのだろうということを噛み締めながら、今回の私は選んだり選ばれたりという側に立っているのを自覚する、そういう、そういう読書体験をなんと言葉にすればいいのやら。私はこの方の書くものがずっと片っ端から好きだし、その好きを他者にも伝わる形で解体して言語化することに成功した試しがない。
何かしらの結論、あるいは自己完結、成長や解放に辿り着いたように見える登場人物がいたとして、それはこの瞬間のこの登場人物の個として視界のことで、この世界、この物語自体はその一瞬以外、この先の何をも保証してはいないんじゃないかと、私は勝手にそう受け取ってる。祈りや期待はあれ、保証はできない。その突き離された距離感、突き離された場所で足掻いたりのたうち回ったり、悲しんだり笑ったりする登場人物たちの熱が、私はどうにも、好きなんだと思う。
閉じた、と彼ら自身が宣言したものですら、一歩先でどうなるのかなんて誰にも保証されていない。危ういバランスの上に熱は走り時に繋がり時にぶった斬られる。
加害を働いた人間たちが、そのあと世界にどう裁かれるかも、狭い狭い個々の視界にはもはや映り込まなかったする。世界にとっては、別の誰かにとっては、それじゃ済まないことであっても。物語は許しも裁きもしない。ただ、個々の視界が瞬間瞬間に重なり合う場所があるばかり。
恋は良いと言う台詞を聞きながら、反面、恋などロクでもないし全然良いものにも見えないとどこかに思わされ、その上で、それでも一人一人の中にその時に残った、ズタボロの自分ごとどっかに連れて行こうとするエネルギーみたいなものは、それ自体、一瞬、チカチカと煌めいて見える。
結局、恋をしようがすまいが、その人にとって必要があろうがなかろうが、乾き切ったものを一瞬だけ潤していくものって、そんな触感をしている。彼らにとってはこうだったというだけで。彼らの視界には取るべき手と振り払うべき手が並んでいたことが、一大事であったのだとして。その一大事の一つ枠の外に、遠くの片割れという存在があって、そこにある僅かな温度や湿度が、一大事のど真ん中にはやってこないとしても、確かにあったということも含めて。
あの赤子もいつか自我を育て、何かと出会い何かを破壊して去っていくのだろうと、そんな予感があることが不思議に嬉しいけれど、この予感も私が勝手に生み出しただけのものかもしれない。
ちょっと寝かせてもう一回読みます。
