
JUMPEI AMANO
@Amanong2
2025年5月11日
墓の建立と継承
辻󠄀井敦大
まだ読んでる
朝読書
@ 自宅
第四章六まで。そろそろ文学フリマへ。
〈建墓ローンの販売以降の大野屋のマーケティング戦略は、墓・墓地、石材店のイメージを「個人を記念し追憶するための」明るいものへ変化させようとしたものであった。〉(136頁)
そうしたイメージ刷新は1970年代半ばに入ると利益にも直結する。高度経済成長期を経て人々の可処分所得が上昇したこともあり、「家」ではなく「個人の選択」によって「生前に」墓が購入されるようになる。都市郊外において公営墓地ではなく、民間企業が開発した公園型の芝生墓地が数多く建てられるようになった。そこでは、合理的な生産・経営が徹底された結果、規格化された洋型墓石が積極的に建立されることになった。規格化されたそれらはある種の「平等性」の象徴となり、文学者たちや創価学会会員からも好意的に受け入れられていたという。
〈戦後民主主義のなかの人々による平等性を求める実践が、偶然にも洋型墓石の規格化と合致し、かつての家格的秩序を象徴した墓の意味づけを刷新したと解釈できるのである。すなわち、墓の「商品化」は、人々の平等性を求める実践と相互作用的に、「家」の残存とは異なる意味を企画化された墓地・墓石に付与したのである。〉(142頁)
この高度経済成長期に現れたあり方を検討するために参考となるのが、中筋直哉の〈社会の記憶〉という視点だという。
〈この視点をもとに考えると[...]本章は、戦後の高度経済成長のなかで、石材店と人々の実践が、都市郊外において「家」を基盤とした村落墓地に代わる〈社会の記憶〉を作り出そうとした動きを描き出したのである。[...]高度経済成長期に開発が進められた都市郊外の墓地においては、その住民に代表される、「家」から切り離され、血縁的な共同性のもとに新たに作られた家族こそが〈祭祀の永続性〉を保証するものとして考えられていたのではないだろうか。[...]生きている個人が、血縁家族である子ども、孫世代に記憶・記録していてほしいというレベルでの〈祭祀の永続性〉を求めたからこそ、新たに墓が建立されたと解釈できるのである。〉(144-145頁)
その一方で、1990年代以降には〈散骨や樹木葬、合葬墓・永代供養墓といった継承を前提としない葬送・墓制が新たに登場する。その現象は、戦後に大衆化された血縁家族による〈祭祀の永続性〉の保証が限界を迎えたことを契機としている。しかし[...]継承を前提としない葬送・墓制は、個人の選択を重視している点で、本章で見てきた戦後日本における墓の建立とある種の連続をもっている〉(145頁)という指摘は面白い。
第五章では、家族構造・意識の変化だけではなく、経済的な構造によってそうした選択が引き起こされたことが描き出されるという。
