福藻 "橙が実るまで" 2025年5月13日

福藻
福藻
@fuku-fuku
2025年5月13日
橙が実るまで
橙が実るまで
田尻久子
幼い頃の自分の声に耳を傾けるように、久子さんは言葉を紡ぐ。文体は淡々としているけれど、ここまで真っ直ぐに書くのは苦しい作業だったんじゃないか。そこに、倫子さんの写真がやさしく寄り添う。淡く、影のある写真。古いアルバムをめくっているような気持ちになる。 彼女たちの言葉と写真にふれて、私自身の記憶がよみがえる。誰にも見せられない、深いところにあるどろっとした記憶。あたらしい土地で暮らしはじめて生まれ変わったような気持ちでいたけれど、まだまだ過去に縛られている。移住して2か月。穏やかな湖を眺めながら、ただただ、心に波風を立てないように過ごしてきた。でも、湖にだって、荒く波打つ灰色の日はある。見たくないことから、目を背け続けることはできない。 久子さんの母親は、久子さんが中学生の頃に蒸発した。そして、何十年も経って、我が子のもとに戻ってきた。認知症の症状が現れはじめた母親に、久子さんはこう尋ねる。 「なんで殴るような人と結婚したと?」 私もいつか、母にそう尋ねる日が来るような気がする。
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