
読書猫
@YYG_3
2025年5月14日

カルテット2
坂元裕二
読み終わった
(本文抜粋)
“「いいんです。わたしには片思いでちょうど。行った旅行も思い出になりますけど、行かなかった旅行も思い出になるじゃないですか」“
”「良くありません。仕事やバイトが優先になって、シフトあるからって、本来やりたかったことが出来なくなった人、僕はたくさん見てきました」
「でもこのままだと、将来本当にキリギリスなっちゃって」
「飢え死にしちゃって」
「僕らもそろそろ社会人として、ちゃんとしないと、ね」
「(頷き)ちゃんと……」
「ちゃんとした結果が僕です」
「(え? と)」
「ちゃんと練習しようよ。ちゃんと楽譜見ようよ。こどもヴァイオリン教室の頃から僕、周りの子たちに言ってたんです。その頃ちゃんとしてなかった子たちは、今みんな世界中で活躍してます。ちゃんとしようばかり言ってた僕は今……」
「でも……」
「飢え死に上等、孤独死上等じゃないですか」
「(え、と)」
「僕たちの名前はカルテットドーナツホールですよ。穴がなかったらドーナツじゃありません。僕はみんなのちゃんとしてないところが好きなんです。たとえ世界中から責められても、僕は全力でみんなのことを甘やかします」“
“「二種類ね、いるんだよね(と、司に顔を寄せて)」
「(諭高の顔が近いので引いて)はい」
「人生やり直しスイッチがあったら押す人間と押さない人間。僕はね、もう押しません」
「(司に顔を寄せ)何で押さないと思う?」
「(諭高の顔が近いので引いて)さあ」
「みんなと出会えたから。ね、ね」“
”「はじめまして。わたしは去年の冬、カルテットドーナツホールの演奏を聴いた者です。率直に申し上げ、ひどいステージだと思いました」
「バランスが取れていない。ボウイングが合っていない。選曲に一貫性がない。というよりひと言で言って、みなさんには奏者としての才能がないと思いました」
「世の中に優れた音楽が生まれる過程で出来た、余計なもの。みなさんの音楽は、煙突から出た煙のようなものです」
「価値もない。意味もない。必要ない。記憶にも残らない。わたしは不思議に思いました」
「この人たち、煙のくせに、何のためにやってるんだろう。早く辞めてしまえばいいのに」
「わたしは五年前に奏者を辞めました。自分が煙であることにいち早く気付いたからです」
「自分のしてることの愚かさに気付き、すっぱりと辞めました。正しい選択でした」
「本日またお店を尋ねたのは、みなさんに直接お聞きしたかったからです。どうして辞めないんですか」
「煙の分際で、続けることに一体何の意味があるんだろう。この疑問は、この一年間ずっとわたしの頭から離れません」
「教えてください。価値はあると思いますか。意味はあると思いますか。将来があると思いますか。何故続けるんですか。何故辞めないんですか」
「何故? 教えてください。お願いします」“
”「これ、これ何だろ」
「パセリ」
「そう、パセリ」
「パセリがどうしました?」
「あるよね、パセリ」
「あんまり好きじゃないんで」
「唐揚げ食べたいから」
「違う違う」
「諭高さん、パセリぐらいで」
「パセリぐらいってことは」
「え?」
「家森さんが今言ってるのは好き嫌いのことじゃないと思うんです」
「(そう、と頷く)」
「家森さんが言ってるのは、パセリ見ましたか、と」
「(え?)」
「(そう、と頷く)」
「パセリ、確認」
「しましたか?」
「(え?)」
「パセリがある時と無い時」
諭高、唐揚げの横にパセリを置いたり外したりして。
「ある、ない、ある、ない、ある、ない。どう? 無いと淋しいでしょ? 殺風景でしょ? この子たち、言ってるよね、ここにいるよーって」
「どうすれば良かったんですか?」
「心で言うの(と、真紀を見る)」
「サンキューパセリ」
「サンキューパセリ。食べても食べなくてもいいの、そこにパセリがあることを忘れちゃわないで」
真紀と諭高が見張っている中、すずめと司、大皿から唐揚げを取ろうとして。
「(パセリに気付いて)あ」
「(パセリに気付いて)あ」
「パセリ、ありますね」
「パセリ、綺麗ですね」
「サンキューパセリ」
「そう」“
