あしか日記 "菜食主義者" 2025年5月24日

菜食主義者
菜食主義者
きむふな,
ハン・ガン
ハン・ガン『菜食主義者』を再読した。この小説は、人間であることを放棄して木になりたいという願いに強く囚われたひとりの女性・ヨンヘを中心に、三つの視点から展開される。ある夢を見たことを契機にヨンヘは肉食を絶つ。やがてヨンヘは一切の食事を頑なに拒むようになる。一種の信仰とでもいえるその拒絶をはじめとした一連の出来事に周囲は激しく動揺し、安定は崩されていく。 ヨンヘの真意が何であるのか。本人の口から直接語られる場面は限定されている。それを知るためには、読者は想像力を振り絞らなければならない。そしてヨンヘの姉・インへがそうしたように、自らの深い絶望と傷ついた身体を媒介にして、彼女の心の深奥に降りていかなければいけない。 ただ、そうしたところで必ずしも他者を理解できるわけでもなければ、救いがもたらされるわけでもない。大抵はすさまじい徒労感が残るだけだ。人の世を見限った個人にとって、生きていればいいこともあるから、という生温い言葉は効力を持たない。 インへの重たい視線は「木になりたい」という願望に共感しながらも、実際に木になることを選ぶことができない私たちの葛藤を代弁している。それは、いつまでも生き続けているような、同時に死に続けているような木々に向けられている。 どこからか鳥の羽ばたきが聞こえる。何かがわたしたちを繋ぎ止めている。
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