
ぱち
@suwa_deer
2025年6月1日

神の子どもたちはみな踊る
村上春樹
読み終わった
読書会課題本
大きな被害のない小さな地震であっても揺れを体験すると心が騒めくというか一抹の不安が胸に棲みつく。
しばらく同じような揺れが続くのか、この後もっと大きな揺れが来るのかもしれない、いやそれとももうこれ以上は揺れないのか。
急に現実が不確定なものに変じたような気がしてくる。
この連作短編集は、そういった地震がもたらす不安や不穏さを一貫して描いていると思う。
生きていることは最終的に死が訪れることであり、眠ることには(悪)夢が付きまとう。影のような不穏さとともに生きていくこと。暗いといえば暗い。でもどことなく温かさを感じる1冊だった。
以下、自分の備忘録に収録作の簡単な感想を書き記す。
・「UFOが釧路に降りる」
現実感を損なうような圧倒的な出来事に遭遇した時、人はどうなってしまいどこへ向かうのか、そして出来ることがあるとしたらそれは何なのか。
夫婦ともに被災地に知り合いはいないけれども、地震のテレビ報道を寝ずに見る妻とは対照的に、地震にもそして妻にもどこか他人事な主人公。
何も出来ないことと何もしない(する気がない)ことの間には圧倒的な差があるように思う。
何も与えてはくれず空気と暮らしているようだったという書き置きを残して妻は去る。
主人公は離婚を契機に成り行きで北海道を旅行する。
その成り行きと旅行の道中も不思議だらけなのだが、とにもかくにも主人公はある種の理不尽というか「暴力の瀬戸際」に立たされる。
それは妻が遭遇した圧倒的な出来事とは、全然違うものかもしれない。
でもそれが「始まり」なのだと示唆される。
明日どうなるかは分からないけれども、誰かとともに鈴を鳴らす意思はあった方がいいのではないかと思わされる。
鈴を鳴らす準備はできているはず。
あとは鳴らす意思があるかどうか。
そして一緒に鈴を鳴らす相手がいるのかどうか。
・「アイロンのある風景」
先取りして書くなら「UFOが釧路に降りる」とは異なる仕方で「鈴を鳴らす」物語ではないかと受け取った。しかしこれはセックスのためではなく眠るための儀礼だ。
とはいっても眠りには(悪)夢が付きまとう。
抱えている問題がすっきり解決するわけではない。
でも生きていくのには何かを「身代わり」にしなくてはならない。
眠れない(「UFOが釧路に降りる」、「蜂蜜パイ」)よりは悪夢を見るにしても束の間の眠りを得たほうがいいかもしれない。
それは自分が「空っぽ」であることに苦しみつつ生きることとパラレルにつながっている。
そして「孤独である」ということで人はつながれるのだろうと思う。
孤独がなくなるわけでない。
でも同じ火を見ているような温かさがある物語。
・「神の子どもたちはみな踊る」
収録作品のなかでは一番よく分からなかった。
(主人公の)お母さん自身というより、お母さんのある出来事にまつわる語りをどう解釈したらいいのかというところ。
真偽をはっきりさせることはあまり意味を持たないのかもしれず、お母さんがその心を守るためには確かに必要な物語なのだろうと思う。
主人公のこともよく分からないけれども、何だかんだ自分が特別でありたかったという話なのだろうか。
そういう意味では、お母さんと同じく、そのことによって精神的な柱のようなものを守りたかったのかなと想像する。
・「タイランド」
一つ前の収録作「神の子どもたちはみな踊る」で被災地へ善意でボランティアをする人たちが登場するのに対して、自分に酷いことをした「あの男」が地震に巻き込まれていればいいのにと悪い心を抱える主人公。
直接殺してやろうとはしないのに、地震に巻き込まれていればいいのにと考えてしまう心理って、結構普通にありそうだなと思った。
「あの男」が誰なのか?という点は想像がつくし、主人公がどれだけ酷いことをされたのかも想像することはできるように物語が構成されている。
「あの男」が主人公に対して行ったこと、そして生まれるはずだった子どもたちにしたことを思えば、地震に巻き込まれるくらいのことが起こってもいいはずだと。
ただ、ひとつ気になったのは、主人公が離婚する際に元夫が主張したのが「主人公が子どもを欲しがらなかったこと」であること。
「子どもを欲しがらない」のは別に悪いことだと思わないけど、ここの心理はよく分からない。
説明がないので手掛かりが少ないが、これはどついうことなのかきちんと考えたいところではある。
また折を見て再読したい。
・「かえるくん、東京を救う」
収録作のなかでは一番真っ当な主人公。
でも本当の主人公は動物たちなのかもしれない。
「UFOが釧路に降りる」では「熊」が(名前だけ)登場したけれども、この次の収録作「蜂蜜パイ」へのつなぎ的な作品にもなっていると思う。
気になった点は、夢と想像は別個の世界なのかというところ。
どう違うのかというとなかなか言語化が難しいが、この作品でそれを明確に分けている印象を持った。
見かけ以上に難しい作品ではあるので定期的に再読したい。かえるくんにもまた会いたいし。
・「蜂蜜パイ」
結構好きな作品だった。
自分のことが分からないという点では「UFOが釧路に降りる」の主人公に近いと思ったけど、結果的に等身大の人間になるのは好感が持てる。
いわゆる三角関係の話ではあるけど、関係の持ち方は独特でその点も面白かった。
あと影の主人公といってもいいと思うけど、動物の物語的な取り入れ方も面白い。
「UFOが釧路に降りる」ではこちらの身を脅かす存在でしかなかった「熊」。
それが想像の世界に入ることによって擬人化し物語的な意味を与える存在になるのが印象深かった。
「地震男」の存在が不気味だけれども、それにある種の抵抗する試みとして「熊」が用いられているように思う。
それが何に対する抵抗なのかというのは上手く言えない。
「地震男」もまた「熊」と同じ想像の世界からやってきているのかもしれない。
でも夢より少しは干渉することができるのではないか。
細やかな望みを託した物語だと受け取った。



