内田紗世 "推し、燃ゆ" 2024年4月23日

内田紗世
内田紗世
@uchidasayo
2024年4月23日
推し、燃ゆ
推し、燃ゆ
宇佐見りん
 あかりには居場所がない。家にも学校にもバイト先にも。普通のことが普通にできない。できるのは推しを推すことだけ。家族とも分かり合えない。推しの部屋にぬいぐるみがあることへ違和感を覚えることはできる。ぬいぐるみが苦手だという発言がいつどこのものかも覚えているが、友達から借りた教科書を返すことはできない。雨と洗濯物に関する部分は、おお…と思った。  あかりは強い。母と姉が自分の話をしている深夜のリビングに「わざと」入ることができるし、父親のある一面を知っているのに「悪い気がして」見ないでいられるし、それを父親に告げもしない。カードを切れば父親はもしかしたらその貼り付けたお面を保つことができなくなるかもしれないのに。「じゃあなに」とまっすぐ問うあかりに父は話をそらさずに答えなければいけなかった。でもできないことがこの親子の溝を一層深くした。  あかりはもう諦めている。大事な投票結果が発表されている番組を見ているのに母親にリモコンを奪われても何も言わない。母親のとった行動は卑怯であったにも関わらず。あかりが「頭のなかが黒く、赤く、わけのわからない怒りのような色に染まった」のは母に対してではなく推しに関する結果へのものだった。すでにあかりの世界に母親はいない。 先生や家族に対して「私の方があかりのことを分かります!」と大きな声で言いたかった。どうしてあかりのことを分かろうとしないのか詰問したかった。でも無駄に終わることも分かった。その人の人格を理解するには必ずしも血縁関係は必要ではないし、時には枷にすらなり得るのだと思った。  推しが炎上してもあかりは至極冷静である。燃えようと推しは推しである。だが、推しを推せなくなる出来事が起こる。あかりはそれをも受け入れる。その後の自分の人生を「余生」とまで言う。全てが終わったと思われた更にその後、あかりはあかりのやり方で導かれるように行動し、自分にとどめを刺す。  推しの全てを知っていたはずだった。笑い方の癖、考え方、その眩しさ。流す汗と一体になれたはずだった。けれど何も知らなかったのかもしれない。  「あたしを明確に傷つけたのはー」傷ついたあかりは「二足歩行には向いていなかったみたいだし」、「綿棒を拾った」。この「綿棒を拾った」意味とすごさは全文を読まないと分からないので是非読んでほしい。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved