
はる
@tsukiyo_0429
2025年6月24日

読み終わった
@ 三鷹駅
『愛と美について』一作目の小説。
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あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる。役者になれば、よかった。私は、私の寝顔をさえスケッチできる。
(P249)
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この書き出しから、ぐっと心を掴まれた。
自分の寝顔をスケッチできるということは、寝ているときでさえどんな顔をしているのか分かる、それほどまでに「役を演じている」ということなのだろう。
生まれて来なければよかった、という気持ちが、主人公とKの中に蔓延っていた。
自分の内側に漂う希死念慮を、浮かべたり沈めたりしているように見えた。
それでも怪我をしたら病院に行き、治してもらう。
そのやりきれない矛盾を抱えながら、それでも生きていく、生活をしていく。
そんな二人に強さを感じたと同時に、とても胸が締めつけられた。
とても好きな作品だった。
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『読者に』(『愛と美について』冒頭)
こんな物語を書いて、日常の荒涼を彩色しているのであるが、けれども、侘びしさというものは、幸福感の一種なのかも知れない。私は、いまは、そんなに不合せではない。みんなが堪えて、私をゆるしてくれている。思うと、それは、ずいぶん苦になることばかり、多いのであるが。
(P248)
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ひとことでも、ものを言えば、それだけ、みんなを苦しめるような気がして、むだに、くるしめるような気がして、いっそ、だまって微笑んで居れば、いいのだろうけれど、僕は作家なのだから、何か、ものを言わなければ暮してゆけない作家なのだから、ずいぶん、骨が折れます。僕には、花一輪をさえ、ほどよく愛することができません。ほのかな匂いを愛ずるだけでは、とても、がまんができません。突風の如く手折って、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して、下駄でもって踏みにじって、それから、自分で自分をもて余します。自分を殺したく思います。僕は、人間でないのかも知れない。
(P252〜253)
