ちょこれーと* "嫉妬論" 2025年7月12日

嫉妬論
嫉妬論
山本圭
■嫉妬は平均を目指す-三木清の嫉妬論 『嫉妬者は「平均」よりも高く逸脱するものを低めようとするのであって、これが愛と大きく異なる点である。愛はより高いものに憧れるのがつねであるから。』 やっぱり嫉妬は対象者を引きずり下ろすことを求めるものらしい。同じような感情なんだろうけど羨望だと輝かしく聞こえが良いのに。 『興味深く思えるのは、そうした承認に対するあくなき欲求が、誇示や自慢によってはなんら解決されているようには見えないことだ。まるで喉の渇きを癒やそうとして海水をがぶ飲みするように、誇示者はますます承認に飢えているように見える。』 『誰かに自らの幸福や成功を誇示し、妬みをかき立ててはじめて欲望は成就する。欲望にはつねにそうした他者の介在がある。』 『賞賛とは他人から受け取るべきもので、それを自分で自分に与えることは正しくない。自画自賛は良識に反するものであり、だからこそ私たちはそれをとても苦痛に感じるわけだ。』 羨望の的になることで初めて承認欲求は満たされるということか。例えば、何か入手困難なものを持っていて、それを人に自慢をして羨ましがられることで承認欲求は満たされる。だけど、自慢した先の相手も持っていた場合は?羨望の的ではなくなり特別感も薄れてしまう。そうするとまた別のところに承認欲求を満たす何かを求めるように追い縋る…なんてことになったらいつまでも経ってもずっと苦しい。 誇示はする方もされる方も下手をするとお互いに苦い思いをするだけなのでは?と思った。
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