
益田
@msd
2025年7月18日

読んでる
「ローティが問題にしているのは、ティレルも指摘した本質主義です。人間に本質というものがあるとすれば、それを持っていない相手は人間ではないということになり、「われわれ」と「やつら」のあいだに線引きがされてしまいます。人権主義者が言うように「人間には本質的に人権が付与されている」と考えるのならば、翻って「人間でないものには人権がない」ということにつながるのです。
人権はたしかに大事な概念です。それは帰結において大事だといえます。「人には人権がある、だからそんなことはやってはいけない」という話のために使ってこそ人権ということばは活きる。しかし人権が本質だという話になると、そもそも相手が私たちと同じ人間だという感覚がない場合には、それは前提において機能しないことになってしまいます。」
→人権を基礎づけ主義を批判し、基礎を求める姿勢を放棄してこそ互いの存在を尊重し、「自分たちも違う人たちをニセの人間と考える傾向に歯止めをかけることができる」(p76-77)
