DN/HP "暗闇のなかの希望 増補改訂版" 2025年7月22日

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2025年7月22日
暗闇のなかの希望 増補改訂版
暗闇のなかの希望 増補改訂版
レベッカ・ソルニット,
井上利男,
東辻賢治郎
「物語は私たちを陥れもするし、解き放ちもします。物語によって生かされもし、死にもする私たちですが、聞き手で終わる必要はなく、みずから話し手にもなれます。ここに記す私の物語の目的は、あなたがあなた自身の物語を語るように励ますことなのです。」 冒頭の“日本のみなさんへ”に書かれた文章から思っていたけれど、レベッカ・ソルニットの文章、それが物語る幾つもの小さい勝利、希望にはとても元気が出るし励まされる。最終的な目標に到達することは未だなくてもその過程や、今では当然とされていることの後ろには、幾つもの勝利や希望があったということは、それまでの失敗や挫折、敗北と、少なくとも同じか、それ以上に記憶やこの本のように記録にも留めておく必要があるのだと思う。 アクティビズム、社会運動とのあまり多くはない関わりのなかでたまに思い出すのは、国会前に通っていたときあの坂を下りながら良く聴いていたラップ・ミュージックと、国会前の車道に人が溢れたときに隣を歩いていた友達のことで。多分あれもこの本が改訂された2016年あたりのことだったと思うけれど、そのラッパーは今でも最高にカッコいいし、その友達とは今もたまに並んで街を歩いて本や音楽、社会の話もすることがある。あのときの状況には小さいけれど勝利も感じた気がしているし、彼らの活動や関係が今でも続いていることは、これもやっぱり希望なんじゃないかと思ったりもした。 ここには個人的なことが多分に含まれているけれど、個人の生活のなかにも目を逸らせない失敗や挫折も小さな勝利や希望は同じようにあるし、たまに言うように人生は解決することはないから、ここでもやはり、サボらずに自分自身の物語を語ることは必要なのかもしれない。というのは最近よく辿り着くオチなのだけど、物語、それも“小説”と呼ばれるものはそんな、記録しておかなければ失くしてしまうかもしれない“小さい”希望を、敗北や挫折のなかに書き残すものでもあるかもしれない。多分それは「舞台の真ん中ではなく周縁の暗がりにある」読みたかった物語、そんな気がしています。 「あなたの敵は、もう希望はないとあなたが信じることを願っている。無力で、立ち上がる理由もない、もう勝てないのだ、そうあなたが思い込んでしまうことを。希望はギフトだ。誰にも譲り渡す必要はない。そして力だ。捨ててしまう必要はない。」 2023 4/24
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