暗闇のなかの希望 増補改訂版

暗闇のなかの希望 増補改訂版
暗闇のなかの希望 増補改訂版
レベッカ・ソルニット
井上利男
東辻賢治郎
筑摩書房
2023年4月12日
45件の記録
  • Blueskyで紹介されていたので読んでみました。希望とは何かを考えさせられるとともに、絶望しないことの大切さ、絶望させようとする存在に気づくことの大切さを感じました。これまで起こってきた紛争や活動について、知らなかった視点を得た気がします。小川公代さんの解説も非常に良かったです。いまの状況だからこそ読みたい1冊。
  • Ayako
    Ayako
    @aya_rb
    2025年11月11日
    通勤の電車の中で読了。 しめくくる一文に、つい胸が熱くなり目が潤んでしまった。
  • 喜多倉
    喜多倉
    @kitakura473
    2025年11月11日
  • 🪹
    @02cco
    2025年11月3日
  • Ayako
    Ayako
    @aya_rb
    2025年11月2日
    あと少し。 メモをとりながら読んでいるのでゆっくり。 レベッカ・ソルニットはかっこいいな。
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2025年10月30日
    今日はSNSで紹介されていて読んだ「On Not Surrendering in Advance (Or At Any Point Thereafter)」と題された彼女の文章(ここでもこの本と同じように記憶、記録に留めるべき「小さな勝利」が紹介されている)でも引用されていたヴァーツラフ・ハヴェルの言葉を孫引いてみたい。この本のなかではフィッツジェラルドの言葉を受ける形で紹介されていた。 「F・スコット・フィッツジェラルドの言 葉に、「第一級の知性の試金石は心の中で相反する二つの考えを同時に抱いていられること、そのうえで心の働きを失わないこと」という有名なものがある。しかし、世界の状況は総じて二者択一であるべきものとして語られることが多い。そうすると、すべてが順調ということはないのだから、すべてはまったく駄目ということになる。 フィッツジェラルドの言葉の続きは忘れられがちだが、それは「人は、たとえば、物事に希望がないと思いながらも、それは好転させられると決意できねばならない」と続いている。いったい何が一九八五、六年ごろのヴァーツラフ・ハヴェルに希望を持たせていたのだろうか。その頃チェコスロヴァキアはまだソヴィエトの衛星国で、ハヴェルは収監中の劇作家だった。 当時、ハヴェルは次のように書いていた」 「囚人という、とりわけ希望のない状況で私がよく考えている希望とは、世界の状況ではなく、何よりもひとつの精神の状態だと理解している。私たちが内面に希望を持っているか、それとも持っていないか。それは魂の次元であって、必ずしも何らかの世界の様子とか状況の理解に左右されるものではない。希望は予知することではない。それは精神の方向性、心がどこへ向いているかだ。それは直接に経験される世界を超越して、水平線の先のどこかにつながっている。希望とは、そうした深く力強い意味において、物事がよくなることの喜びと同じではないし、ただちに成功をもたらしそうな計画に賭ける意思でもない。むしろ、何かの成功の好機によってではなく、よいことだという理由でそのために働ける能力のことだ。」
    暗闇のなかの希望 増補改訂版
  • しき
    しき
    @shikishaa
    2025年10月22日
    >希望とは、いつ、どのように意味が生まれ、だれや何にインパクトを与えるのかあらかじめわからないとしても、それでも私たちの為すことに意味があると信じることだ。
  • cotton
    cotton
    @tsuta
    2025年10月22日
  • しき
    しき
    @shikishaa
    2025年10月22日
  • しき
    しき
    @shikishaa
    2025年10月22日
  • mo-ma
    @mo-ma
    2025年10月19日
  • Ayako
    Ayako
    @aya_rb
    2025年10月19日
    ソルニットの文章と今ある現実の狭間に思考や感情を置きながら読み進めている感じがする。
  • もとえ
    もとえ
    @motoe
    2025年10月13日
  • Ayako
    Ayako
    @aya_rb
    2025年10月8日
    p13「あなたの敵は、もう希望はないとあなたが信じることを願っている。無力で立ち上がる理由もない、もう勝てないのだ、そうあなたが思い込んでしまうことを。希望とはギフトだ。だれにも譲り渡す必要はない。そして力だ。捨ててしまう必要はない。」 p27「しかし希望が単なる始まりに過ぎないことは強調しておかなければならない。希望は行動のかわりではなく、その基盤に過ぎない。」 「希望はそこまで導いてくれる。その先は私たちの働きだ」 p48「希望を持つことはあなた自身を未来に捧げることであり、その未来へのコミットメントが、現在を生きられる場所にするのだ。」 週末から観ている配信のなかで、多くのひとが落胆を語りつつ、その中で希望を持つこと、絶望しないことの大切さを説いていた。 絶望してしまったら、誰かを排除することや誰かの権利を奪うことが自らの安寧を守ることだと勘違いしている人たちの思うつぼになってしまう。 わたしは大きく行動することはできないし、それだけの資源ももっていないけれど、今自分の手の中にあるもので、ちいさく抵抗していきたい。 生活の地続きのなかで、身近なものにささやかに働きかけながら、自分とはるかかけ離れた考えを持つ人ともせめて挨拶だけは交わそうとしながら、現在の先にある未来に向かって、希望をもって歩いていきたい。
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2025年10月4日
    「あなたの敵は、もう希望はないとあなたが信じることを願っている。無力で、立ち上がる理由もない、もう勝てないのだ、そうあなたが思い込んでしまうことを。希望はギフトだ。誰にも譲り渡す必要はない。そして力だ。捨ててしまう必要はない。」 ことあるごとに思い出したり引いたりしている気がするけれど、諦めるわけにはいかないなら、何度でも励まされるしかない。 ——  「大衆を指して『眠れる巨人』ということがある。それが目覚めるとき、つまり私たちが目覚めるとき、私たちはただの大衆であるだけではない。私たちは市民社会という強大な力となる。その非暴力という方法は、時として、束の間の輝かしい瞬間においては暴力よりも強力であり、体制や軍隊よりも強力である。私たちは自分の足と、存在と、集められた声とヴィジョンによって歴史を書く。」 —— 2023 4/24 「物語は私たちを陥れもするし、解き放ちもします。物語によって生かされもし、死にもする私たちですが、聞き手で終わる必要はなく、みずから話し手にもなれます。ここに記す私の物語の目的は、あなたがあなた自身の物語を語るように励ますことなのです。」 冒頭の“日本のみなさんへ”に書かれた文章から思っていたけれど、レベッカ・ソルニットの文章、それが物語る幾つもの小さい勝利、希望にはとても元気が出るし励まされる。最終的な目標に到達することは未だなくてもその過程や、今では当然とされていることの後ろには、幾つもの勝利や希望があったということは、それまでの失敗や挫折、敗北と、少なくとも同じか、それ以上に記憶やこの本のように記録にも留めておく必要があるのだと思う。 アクティビズム、社会運動とのあまり多くはない関わりのなかでたまに思い出すのは、国会前に通っていたときあの坂を下りながら良く聴いていたラップ・ミュージックと、国会前の車道に人が溢れたときに隣を歩いていた友達のことで。多分あれもこの本が改訂された2016年あたりのことだったと思うけれど、そのラッパーは今でも最高にカッコいいし、その友達とは今もたまに並んで街を歩いて本や音楽、社会の話もすることがある。あのときの状況には小さいけれど勝利も感じた気がしているし、彼らの活動や関係が今でも続いていることは、これもやっぱり希望なんじゃないかと思ったりもした。 ここには個人的なことが多分に含まれているけれど、個人の生活のなかにも目を逸らせない失敗や挫折も小さな勝利や希望は同じようにあるし、たまに言うように人生は解決することはないから、ここでもやはり、サボらずに自分自身の物語を語ることは必要なのかもしれない。というのは最近よく辿り着くオチなのだけど、物語、それも“小説”と呼ばれるものはそんな、記録しておかなければ失くしてしまうかもしれない“小さい”希望を、敗北や挫折のなかに書き残すものでもあるかもしれない。多分それは「舞台の真ん中ではなく周縁の暗がりにある」読みたかった物語、そんな気がしています。 「あなたの敵は、もう希望はないとあなたが信じることを願っている。無力で、立ち上がる理由もない、もう勝てないのだ、そうあなたが思い込んでしまうことを。希望はギフトだ。誰にも譲り渡す必要はない。そして力だ。捨ててしまう必要はない。」
    暗闇のなかの希望 増補改訂版
  • とめ
    とめ
    @m_ake
    2025年9月28日
  • ピグもん
    @pgmnn
    2025年9月24日
  • とめ
    とめ
    @m_ake
    2025年9月23日
  • Akari
    Akari
    @akari_bfkm
    2025年9月8日
  • 出張のお供に。 去年、高松に行った時に買っていたもの。 20年前に書かれたものがベースになっていると思えない。 今、必要な想像力のための要素が散りばめられていると思う。 著者の別の本を読んだことがあるが、訳者によって印象が違うんだな。
    暗闇のなかの希望 増補改訂版
  • 散策舎
    散策舎
    @sansakusha
    2025年8月14日
  • emu
    emu
    @emu___0h1s
    2025年8月9日
  • Ayako
    Ayako
    @aya_rb
    2025年8月2日
  • 珪乃冬
    珪乃冬
    @keinofuyu
    2025年7月29日
  • プタッ
    プタッ
    @suomisuomi1
    2025年7月26日
  • Blue moon
    Blue moon
    @mimosamimi
    2025年7月23日
  • モトカ
    モトカ
    @motoca
    2025年7月23日
  • ori
    @moonprismline
    2025年7月21日
  • 空尾
    空尾
    @0s0ra0
    2025年7月20日
  • むいみ
    むいみ
    @imium
    2025年7月20日
    何があっても絶望しないぞ
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2025年7月20日
  • Ryu
    Ryu
    @dododokado
    2025年5月20日
  • ハム
    ハム
    @unia
    2025年4月18日
    〈絶望は私たちに多くを要求しない。絶望はより予測が容易で、悲しむべきことに、安全である。本物の希望は明晰さと想像力を要求する。この世界の問題を見つめる明晰さと、その状況の背後に、不可避でも不変でもないものがある可能性を見出す想像力だ。〉 〈絶望はイデオロギー的な立場ではなく、習慣や反射的な反応だということかもしれない。〉 この本を読んで、なぜハラリの「Nexus」の読後感が希望の書なのに絶望を想起させたのかわかった気がする。 でもそうした絶望こそが希望が生まれる場所でもある。 舞台のスポットライトが当たる場所だけを見ていても本質を捉え損ねてしまう、その周縁にある不確かで見えないものにこそ意識を向けていけたらと思う。 希望は盲目的な期待ではなく、現実の暗さや困難さを正面から見据えたうえで、それでもなお、別の可能性を思い描く力だと言うのはそれこそソルニットによってひとつの光が与えられたかのようだった。 〈世界を変えるストーリーが生まれているのは、無視するように促されてきた場所、あるいは見えないものとして扱われてきた場所だ。〉 最近読んだ永井玲衣さんの著作とも結びつくなと感じた。 語られないもの、小さな声やモノなどの集積を大事にしていきたい。
  • m__hc
    m__hc
    @m__hc
    2025年3月11日
  • at
    at
    @tomoz
    2025年3月10日
  • この本を祈りのように読んでいます。絶望しないために。
  • まるみん
    @marumin
    2025年3月9日
  • 2025年10月21日に、極右の高市早苗内閣が発足し、これから日本の自由と人権の危機だと感じた時に、本屋さんへ走り買った本。 「第三版への序文(二〇一五年) 希望が拠って立つもの」の章を、地元の駅の改札前のベンチで一気読みした。この本を読んで確信したのは「たった一人の権力への抗議と抵抗が、数年後、数十年後に大きな抵抗運動へ発展し社会変革が起こる」ということ。 差別、暴力、低賃金労働、家父長制などの非人道的な資本主義に苦しむすべての人が、この本で救われてほしい。 この本は、随時読書日記として綴る予定だ。
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