
阿久津隆
@akttkc
2025年6月27日

ダロウェイ夫人
ヴァージニア・ウルフ,
丹治愛
読んでる
今度は空に飛行機が現れて人々は空を見上げた。
p.41
飛行機は急降下し、そして急上昇した。輪をえがいて旋回し、疾走し、降下し、上昇した。どういう動きをしても、どこへ行っても、後ろにもくもくと波立つ白煙の太い線があらわれ、それが空を背景に曲がり、輪となり、いくつかの字となった。でもなんの字だろう? C? E、それからL? 静止しているのは一瞬だけで、すぐに動きだし、溶けはじめ、跡形もなく空に消えてゆく。そして飛行機はそこを全速力で離れ、また新しい空域に文字を―たぶんK、E、Yと―書きはじめた。
そこから飛行機とともに舞台がリージェント公園に移ってそこでルクレツィア・ウォレン・スミスと夫のセプティマスの様子が描かれ、ふたりに道を聞いたメイジー・ジョンソンが描かれ、メイジーの様子を見たミセス・デンプスターが描かれ、ミスタ・ベントリー、それから大聖堂の中に入ることをためらう男、それらが描かれ、飛行機が飛び去っていった。
p.56
異様なほど静かだった。飛行機の爆音は車の行きかう通りまでは聞こえてこなかった。飛行機は操縦者をもたず、みずからの意志で飛んでいるようだった。エクスタシーへ、純粋な歓喜へと高まっていくかのように、飛行機は上へ上へと曲線をえがき、そしてまっすぐに上昇しながら、後部から煙の輪を吐き出し、T、O、Fという文字を書きつづった。
いや〜すごい! と喝采して、小説〜! と歓喜して、しかしルクレツィアとセプティマスの様子はぐっと辛い気持ちになる胸が苦しくなるものだった。