
阿久津隆
@akttkc
2025年6月28日

たのしい保育園
滝口悠生
読み終わった
帰りの電車で座ると隣に座っているおじさんが本を開いていたので僕も本を開いた。隣のおじさんのは古めかしい感じのする単行本で僕は『たのしい保育園』を開いてももちゃんはまだ一生懸命名前を書いていた。
p.210,211
ももちゃんは先に書き上げた文字の左隣に、また横線を引きはじめた。さっきは左から右へ、通常の書き順と同じ向きで線を引いていたが、今度は右から左へ線を引いて、二本めの線も右から左へ鉛筆を動かし、やはりさっきのようにゆらゆらと揺れるその線のあいだに生まれた空間を今度は川として、そこにはいつも保育園に行く途中に見るカルガモがいて、鯉がいて、白鷺がいる。ももちゃんはカルガモを見下ろしながら川に架かる橋を渡る、その橋がこれ、と縦線を引き、橋を渡れば公園の入口があるのでそこから公園へと入っていく。夕方の公園には犬がたくさんいて、この近辺に暮らす犬とその飼い主たちが全員公園に集まっている。
ももちゃんたちが公園に行くあいだに隣のおじさんは本を開いたままうとうとし始めて、しばらくすると起きてまた本のページをめくった。何かが気になってちらっと左を見てみるといま読んでいるのは「誕生日の反乱」という章だと知れた。ももちゃんは「ふたつあるから、一個お母さんにあげてくる」と言って隣の部屋に行ってももちゃんのもをひとつあげるようだ。お母さんはお礼を言い、「いいの、大事じゃない?」と聞いてももちゃんはふたつあるしまた書けるから大丈夫だと言った。胸いっぱいで読み終えると調布に着いた。
