
読書猫
@bookcat
2025年7月31日

授乳
村田沙耶香
読み終わった
(本文抜粋)
“母は両腕を大きく開いて、深呼吸みたいな姿で私をかばっていた。母は手のひらをめいっぱい開き、自身も手のひらのようにめいっぱいひろげ、母が開け放った扉から新鮮な空気が急激に流れ込んできた。母の広がった指の間を見ながら、青空を外から引きずり込んでいるのだという気がして、恐怖で口がきけなくなった。驚いたことに母の背中は、少しも震えていなかった。確かにその時、母からにょきにょき「母」が生えてきたのだ。”
(「授乳」より)
“美佐子は小学生らしい、おぼつかない手つきでバーガーを食べ始めた。指先がまだ未熟で器用に操れないのか、ふんわりと優しくバーガーを持てず、力ずくで握りしめているので中指と親指がパンの中にめりこんでしまっている。あたしはああ、この子って本当にまだ子供なんだなと思った。次の瞬間美佐子はふいにリュックのポケットからリップクリームをとりだし、慣れた手つきでそれを塗り始めた。大人の女が口紅を塗るような手つきでそれを塗りたくり、小指でリップを唇になじませている。最後に唇の上下をすりあわせ開くと、しっとりと濡れた唇があらわれた。急に美佐子に成熟した女の生き霊がとり憑いたようであたしはなんだか気味が悪くなった。”
(「コイビト」より)
“あたしは彼がするのと同じように襟元を正しながら、唇を「ぼく」と動かした。声を出さず、要二がするのと同じ動きで唇を動かし、「ぼく」という音声をなぞる。”
(「御伽の部屋」より)


