
fuyunowaqs
@paajiiym
2025年8月9日

水脈を聴く男
マイサラ・アフィーフィー,
ザフラーン・アルカースィミー,
⼭本薫
読んだ
物語がどう転がってどこに着地するのか、まったく読めないままエピローグまで走りきってしまった。歳末にこの一年で読んだ本をふり返る際、かならず思い出す……というより忘れがたい作品だった。主要人物の心情描写が巧みで、とくに喪失や離別に付きまとうさまざまな恐怖が書き分けられている。終盤は静かな夜にひとりきりで読めば一層愉しめると思う。
舞台は産油国として急速な発展を遂げるより前の、オマーン内陸部にある農村。アラビア周辺地域の作品といえば政治・歴史・宗教をメインに扱うものが目立つ印象だが、本作はそれらをベースに据えながら村落で暮らす庶民とその暮らしぶりに主眼が置かれている。終盤の展開と結末が力強く読後茫然とさせられたが、冒頭の、主人公サーレムの誕生にまつわる事件を描いた場面がミクロな悲喜劇のつめあわせでとくに気に入った。人がこの世に生まれる瞬間は大勢の目と関心、そして力が注がれる。でも死ぬときは一人。この対比が鮮やかで重い。
装画は加藤崇亮さん、装丁は成原デザイン事務所の成原亜美さん。
