
fuyunowaqs
@paajiiym
2025年8月15日

極北の海獣
イーダ・トゥルペイネン,
古市真由美
読んだ
🌟
WomenInTranslation
人為絶滅をテーマに、18世紀カムチャツカ半島、19世紀アラスカ、現代のヘルシンキという異なる時と地域を繋ぐ傑作だった。
さまざまな自然災害の記録と適応の歴史を持つ国に長く暮らしていると信じがたいことだが、キリスト教徒が多数を占める欧米の「自然は人間によってコントロール可能なもの」という考え方はフィクションではなく、良い意味でも悪い意味でも日常生活の隅々まで根を張っていると感じる。「我々だけが神に赦されている」という特権意識より不遜な「あらゆるものは自分たちが使うために用意された」という無意識、これらの価値観とそれによって生じる問題が淡々と描かれるので、その度ごとに胸が悪くなる。とくに水産資源に関しては、日本もいまだに政治と経済を優先して一喜一憂しながら、保護と管理という観点を蔑ろにしつづけている。他人事ではない。人の欲は際限なく、いつだって信じたいものを選んで信じてしまう。特定の宗教や状況に限らず、事実を遠ざけて想像の芽を摘む信仰は害悪だ。
本作には華々しい成功も破滅も描かれない。祝福も断罪もない。物語の印象を一言で表すなら「地味」だが、重いテーマを扱いながらも、作者の善意と希望とが感じられる構成になっている。
第三部前半は大学教授の助手として蜘蛛をスケッチする女性画家、後半は兄弟で鳥類保護に取り組む男性を軸に物語が進んでいく。対象をつぶさに観察して紙に描き写す画家は、己の目で見たものをそのまま描く。コレクションされた鳥卵の修繕に携わる標本管理士は、人の手によって壊されたものや歪められたものを元の姿に近づける。直接交わることのない二人の活動に、破壊と略奪の連鎖に抗う光を見出すことができた。100年後に第四部が書かれるとしたら、一体どんな内容になるだろうか。



