イナガキカズトシ "死んでいない者" 2025年8月17日

死んでいない者
読んだ。語り手の言葉が時に登場人物の声のように、時には死者のように、時に全て俯瞰して見ている者のように移ろいながら心地よく進んでいく。葬式に関係する親族たちのそれぞれの動きが、それぞれの思考が、葬式という非日常の中でさまざまな過去の記憶が綴られていきながら進行する。ここに来られなかった人たちもここにいるように感じ、時には死者とも会話し、死者と死者のかつての会話も繰り広げられる。不思議なことが起こっているようで起こっていない。現実に起こっていることなんだけど、温泉入りながら空中浮遊してたり、不可思議な出来事も起こっていながら起こっていない。 はっちゃんが故人と敦賀へ旅行したことを思い出しながら、故人とやり取りするシーンが好きだ。昔はすぐ口論になった仲なのに、いつからか口論になるのを踏みとどまるようになっていた。互いに結婚して子供もできた時期に何故二人で旅行に行ったのか、何をしに浜辺に行ったのか、はっちゃんは思い出せないでいる。このことに対して、誰だか分からない語り手が本当にそこには理由などなかったのかも知れず、幽霊みたいに浜に腰を下ろして波の音を聞いていただけなのかもしれない。と喋ったあと、そうだったらいい。と一言で締める。この、そうだったらいいって感じてる奴誰やねんなんだけど、本当にこのそうだったらいいには共感しかなく、この誰のものかもわからない願望に惹かれるのはなんでなんだろうか。多分、故人とはっちゃんの若い頃の二人が、浜辺でただただ波の音を聞いてる光景に憧れてる?理由も経緯も意図も全て取り去った二人の時間を感じられる気がする。そうだったらいい。本当。
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