ちょこれーと* "覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰" 2025年8月18日

覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰
電車の広告で『吉田松陰』という名前を目にして興味を引かれた。 まずプロローグからだけでも、吉田松陰という人物がどういった人物なのかがありありと伝わってくる。 黒船来航時御年25歳。その若さにして西洋への対抗策を考え、敵わないと思い至るや否や外国から学ぶことを選ぶ。 その覚悟と好奇心の異常ぶりには西洋人たちも恐れを覚えたそうだ。 『今ここで海を渡ることが禁じられているのは、たかだか江戸の250年の常識に過ぎない。今回の事件は、日本の今後3000年の歴史にかかわることだ。くだらない常識に縛られ、日本が沈むのを傍観することは我慢ならなかった。』 密航により故郷長州藩(現在の山口県)萩にて牢獄されるが、その中でも囚人たちを弟子にして一人ひとりの才能を見つけることに心血を注ぐ。 仮釈放された後はかの有名な松下村塾を開き、数多くの豪傑たちを世に輩出することとなる。そこで教えた期間はわずか2年半だという。 『教育は、知識だけを伝えても意味はない。 教える者の生き方が、学ぶ者を感化して、はじめてその成果が得られる。』 「教える、というようなことはできませんが、ともに勉強しましょう」 その後、老中暗殺を目論んだことから投獄、安政の大獄にて30歳という若さでこの世を去る。 なんというすごい人だろうと思った。たったの5年でこれだけの激動の人生を歩んだ偉人。こんなすごい人が残した思想の真髄を味わうことができる、なんて贅沢なんだろう!じっくり身にしていきたい。 ■安政の大獄  …1858〜1859年(安政5〜6年)、幕府の政策に反対した大名・公家・学者ら100余名が処罰、処刑された弾圧事件のこと。その後、大老・井伊直弼への批判が高まり1860年桜田門外によって暗殺される。
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