大森弥希 "他者といる技法" 2025年8月14日

他者といる技法
レインやゴフマン、ベイトソンやブルデューなどを引用しつつ、コミュニケーションの素晴らしさと苦しさが論じられる。社会というのは素晴らしくもあり、困難を抱えているものでもある。他者とは、わかりあえることもあり、わかりあえないこともある。無理に十全にわかりあおうとすると、それは他者に対し、自分と完全に一致する人格であることを求めることになり、容易に差別や暴力へと転じる。けっしてわかりあえない他者とともに過ごすことが、すなわち生きるということだ。親本が出たのは一九九八年だが、第5章「非難の語彙、あるいは市民社会の境界‐自己啓発セミナーにかんする雑誌記事の分析‐」(pp195-252)は今でもよくみる光景であるし、第3章「外国人は『どのような人』なのか」(pp111-151)は外国人排斥の言説が跋扈する二〇二五年現在、古びるどころか重要さを増している。
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