noko "恋ははかない、あるいは、プー..." 2025年8月28日

noko
noko
@nokonoko
2025年8月28日
恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ
「タイラ」は、眼鏡をかけてセーターを着ていた。眼鏡にもセーターにも恨みはないが、眼鏡が似合っていることやセーターが上等そうなことも、少しいまいましかった。 「なんだか緊張してる?」 カズがささやいた。 「自分にいろいろ言い聞かせてる」 「何を?」 「フレキシビリティを持ちなさい持ちなさい持ちなさい、って」 ぼくは九十歳を超えて生きてしまったのだから、きみももしかするとそのくらいまで生きるかもしれないよ。そうすると、あと三十年近く生きるっていうことだろう。三十年間の計画を、ちゃんとたてたまえよ。 父のその言葉に、めまいをおぼえた。そもそも今までの人生、計画をたてたことは一度もなかった。流されつづけた人生。 カズの顔が、見知らぬ顔になっている。いつもいつも、親しい人たちは、見知らぬ顔になり、また知った顔に戻る。 わたしたちは、いったいどこに行くのだろう。年若いころのように、とりとめなく思う。生まれてそして死ぬという時間の間に、いったいわたひたちはどのくらいたくさんのことを感じ、考え、忘れてゆくのだろう。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved