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noko
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@nokonoko
  • 2026年6月18日
    めんそーれ!化学
    理科って本当は、くらしの体験に結びついて、その理由を明らかにしたり、法則性と結びつけたりするものじゃないかな。くらしの体験に結びつく話をすると、夜間中学の生徒は”ああ”っていうんだ。 それで、今、僕がへたな授業を普通の小中高校ですると、生徒は”ああ”じゃなくて、”へぇー”って言うよ。これは、話が彼らのなかに結びつくものがなかったということだと思う。 夜間中学の生徒が大学生に話したこと 「夜間中学で何を学んだか……それはね、こうしてみなさんの前で話をしたりできるようになったということです。それまでは、人前に出て話をするなんて、とてもできませんでした。それが、いろんなことに自信がついて。今は、もっと学びたいって思います」 「学ぶことで、新しい自分に会えるんです」 ーー夜間中学の生徒たちが学校に通うわけをそんなふうに言っていることに、何度でも立ち返りたいと思う。
  • 2026年6月16日
    〈ガザ〉を生きる
    〈ガザ〉を生きる
  • 2026年6月16日
    物語ることの反撃
    物語ることの反撃
  • 2026年6月16日
    手のひらの音符
    不遇な幼馴染との物語。 仕事の葛藤と幼馴染の葛藤が、絡まらないままだった。別のストーリーを読んでる感じ。 さすがの筆致で引き込まれるんだけど。
  • 2026年6月16日
    性別違和に生まれて
    お友達の紹介
  • 2026年6月16日
    和歌と権力
    和歌と権力
    先生のオススメ
  • 2026年6月10日
  • 2026年6月10日
    あなたがたの島へ
    ハンセン病になった方がどんな人生を送ってきたかということよりも、そこに通い続けて、祈って、歌って、出会った人からいろいろなものを学んできた沢さんのほうにスポットがあたる内容だった。 急いで付け加えるけど、そこがよかった。 ちょうど吉本ばななさんのnoteを読んだところで、生きること、病気、老い、他者との距離、…いろんなことを考えてしまう。 ↓少し書き抜き ハンセン病療養所で生きた人たちの深い孤独を思うとき、私は人が孤独をかみしめ、それをくぐり抜けた先に到達する柔和なたたずまいに、ただただ畏敬の念を抱かずにはいられないのです。 長島愛生園に生きた歌人で、死後に発表された歌集『白猫』(改造社、1939年)がベストセラーになった明石海人は、次のようにうたっています。 深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない わたしが療養所で出会った人たちは、まさに自ら燃えている人たちでした。燃え方はいろいろです。私の凍てつくような孤独は、その炎に包まれて、いつしか溶けていきました。そして自ら燃える力を授けてもらったのです。 ↓ 「貴方がたの島へ」永瀬清子 貴方がたの島へ 私は何かを受けとりにゆくのです いつも人々からの愛を受けとつて 精神(こころ)は着ぶくれてゐる貴方がたから 私は何かをうばひにゆくのです さあ私に何かを下さい、病める人々よ。 私はいたヾきに来ました。 (中略) 私に喜びを下さい。 血泥(ちみどろ)の病気をいたましく思つたり、 呻きや涙をあはれんだりするだけではまだ足りない。 私は同にゆくだけではいやです。 私に見せて下さい、立派なお友達であるあかしを。 (後略)
  • 2026年6月9日
    いま、ここにある神話
  • 2026年6月8日
    原発と祈り 価値観再生道場
    原発と祈り 価値観再生道場
    春以降、震災と原発事故を扱った書物はおびただしく緊急出版されたが、その中で、この震災と原発事故で露呈した日本社会の本質的な危機が「霊的衰弱」にあること、(もうすこしメディア向きの言い方をすれば)「宗教性の未成熟」にあることを指摘したものはほとんどなかった。けれども、私たちは、この事態を日本社会がひさしく鎮め損ねてきた「邪悪なもの」の顕現であるというふうにとらえた。  人間だけが人間を傷つけ、卑しめ、虐げ、裏切る。とりわけ、自分が「そんなに邪悪なことをしている」という自覚を持たない人間、それどころか「正義の執行」や「責務の履行」や「誰でもしている常識的なふるまい」を淡々と守っているのだと思い込んでいる人間がしばしばもっとも邪悪な存在になりうる。 ショッカーって「問わない人」ですからね。 上の命令には全部「イーッ!」。 そんなふうに「問わない人」ってことは「考えたくない人」だよね。 考えるの大変だもん。 ショッカーは知的負荷がかかることがものすごい負担なんですよね。
  • 2026年6月4日
    わたしの良い子
    わたしの良い子
    椿の考え方がすき。 椿のその、やさしいくせに他人への関心が薄いところが好きなんだよ。ワイドショー的関心っていうの?あんた、そういうの皆無だから。だから付き合いやすいの。知ってた? 私の行動規範には、「こんなふうに言ったらノリが悪いって思われちゃうかも…」という遠慮は含まれていない。ノリの悪さにかけてなら筋金入りだ。
  • 2026年6月3日
    むかえびと
    むかえびと
    「過ぎたことは変えられない」 生まれてきても仕方がないとかは言ってはいけない。
  • 2026年5月30日
  • 2026年5月28日
    これからの大学
    これからの大学
    職場の図書館で借りた。 古典の学校の対談が面白かった。 そして、授業は受講者と作るもの。 面白い問いを出して、もっと熱量を伝えなければ! ごくごく飲む古典。 自由に話せる雰囲気だけあっても、内容がないのも課題…教材が合ってないってことか… 受験学力を手軽につけることを望まれている… もやもやがはれなかったけど、元気は出た!
  • 2026年5月28日
    めんそーれ!化学
  • 2026年5月27日
    直感と論理をつなぐ思考法
    オットの人が良かったと力説していたので読んでみた。とにかく手を動かせとか、早い段階で失敗しろとかだった。 話をイラストでメモするといいらしい。 授業でやってみようかなー。
  • 2026年5月26日
    谷川俊太郎のあれやこれや
    河合隼雄さんへの何かのお祝いの詩、「かわいのいわい」が好きだった。書き写そうと思ったのに返してしまった。 あとお芝居の脚本が面白かったです。
  • 2026年5月25日
    昭和の少年
    昭和の少年
    確かに今は、盲目的に知性に憧れる者の減った時代だ。音楽を聴くレベルでは読書を楽しめず、点も生まれず、広大な面も世界も作れない。すると、自ら作るのをやめ、AIがくれる餌、仮想世界で遊ぶ方が、努力も要らず楽だ。僕ら昭和の少年は、自らルールを創れない遊びはしたくない。餌付けの家畜はごめんだ。(「大人の会話に入りたかった」)
  • 2026年5月21日
    ハレルヤ
    ハレルヤ
    「ハレルヤ」と「生きる歓び」と「あとがき」がすごく好きだった。 「生きている歓び」とか「生きている苦しみ」という言い方があるけれど、「生きていることが喜び」なのだ。世界にあるものを「善悪」という尺度で計ることは「人間的」な発想だという考え方があって、軽々しく何でも「善悪」で分けてしまうことは相当うさん臭くて、この世界にあるものやこの世界で起きることを、「世界」の側を主体に置くかぎり簡単にいいとも悪いともうれしいとも苦しいとも言えないと思うけれど、そうではなくて、「生命」を主体に置いて考えるなら計ることは可能で、「生命」にとっては「生きる」ことはそのまま「歓び」であり「善」なのだ。 彼女(草間彌生)の話を聞いていると生きるということは少しも楽ではないし歓びも全然ないように感じられるけれど、それでも彼女は「生きること」を無条件の前提として話している。無条件の前提としていることをそのまま単純に「善」だとか「歓び」と言ってしまうことはできないと思う人はいっぱいいるだろうけれど、草間彌生の番組を見ながら、私は、「生きることは善」「生きることは歓び」と草間彌生のような人も感じているんだと思った。 (「生きる歓び」) 世界があれば生きていた命は死んでも生きつづける。 世界があるからこそ命は無になることはない。 「どういうこと?」と訊かれてもこれ以上答えられない、言葉や文は精確であろうとすると元々の直観や感触を弱めてしまうことが多いのだ。 「この感じ!」 と思ったとき、それをすぐに自分以外の人と共有できる言葉にしたいという欲求が誰にでもあるが、言葉へのその無邪気な信頼や依存によって言葉が実感を裏切る。 これをどういう風に感想文にすればいいか? を考えず、ただ読めばいい。読んで人に言える感想がないのはバカっぽく見えるが、そのバカッぽさは知の先にある境地だ。 (あとがき)
  • 2026年5月16日
    僕には鳥の言葉がわかる
    面白かった! 鳥好きの姪っ子と軽井沢行きたいと思ったし、中学の入学祝いは双眼鏡にしようと思った。 好きを突き詰める研究!
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