saeko "ソーシャルメディア・プリズム" 2025年9月1日

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@saekyh
2025年9月1日
ソーシャルメディア・プリズム
ソーシャルメディア・プリズム
クリス・ベイル,
松井信彦
Twitterやヤフコメを開くと、飛び交う流言蜚語や罵詈雑言の数々に辟易とするばかりだ。文字数が限られたプラットフォームでは、端的で過激な物言いがユーザの目を捉えやすいのだろう。著名人への批判、社会への不満、意見の異なる相手とのレスバ…などなど様々な場面で、実生活で直接耳にすることはほとんどないような、酷い言葉が投げかけられている。わたしはその様子を見るたび、「なんでそんなことするんだろう?」と疑問で仕方がなかった。そしてこの本は、計算社会科学という学問の見地から、その問いに懇切に答えてくれた。 目から鱗だったのは、なぜ人がソーシャルメディアを使うのかという問いに対し、「無限スクロールといいねという報酬でアドレナリンを増幅させる仕組みが人々を依存させてしまった」という従来の言説を否定していたことだ。筆者によれば、それは一部分でしかなく、根本的な理由は、自己呈示によるアイデンティティ形成にあるという。ソーシャルメディアでは、自分の都合のいい部分だけを切り取って呈示することができる。それに対する他者からのフィードバックを通し、わたしたちは「どのような呈示をすると・他人からよく思われるか」を学習する。そしてその自己呈示がいいねやシェアによって肯定されることで、帰属意識を得るという。アイデンティティの形成要素となっているソーシャルメディアは、もう容易に棄却することはできない。 もう一つ画期的なのは、過激派は異なる意見を目撃することで相手を理解するのではなく、さらに自分の意見を正当化する傾向を強めるということだった。さらに穏健派はリスクを恐れてソーシャルメディアでの意思表明を敬遠する。その結果、過激派同士が衝突する構造が生まれる。また、どのような派閥にも過激派が存在するにも関わらず、人は自分の思想と対立する派閥に過激な意見が多いと感じる傾向があるそうだ。ソーシャルメディアはこのようにしてプリズム(人々の意見を屈折させる多面体)として機能しているという。 本書での研究はアメリカ政治に関するものだが、日本社会に置き換えて読んでもまったく違和感のない普遍性があると思う。筆者がプリズムを打破するために提案しているアイデアは、妥当ではあるがおおよそ理想論的な内容であるため、ソーシャルメディア上の攻撃的な会話を減らす特効薬にはならないだろう。しかし、膨大な研究の末に導き出された理論を知っておくことは、自分自身がソーシャルメディアを賢く使うこと ー つまりタイムラインに表示される情報はプリズムによって歪められたものであると自覚し、それに振り回されないこと ー に繋がるはずだ。ソーシャルメディアが老若男女に膾炙した今だからこそ読んでおきたい一冊。純粋な社会学研究としても面白い。
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