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saeko
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@saekyh
2025.07以降に読んだものと思ったことの記録
  • 2026年5月16日
    民主主義の非西洋起源について(1011)
    民主主義の非西洋起源について(1011)
    民主主義が「西洋」で生まれて世界に広がっていったという傲慢さを痛烈に批判し、そもそも民主主義と国家は両立しえないと常識を根本から引っくり返す。逆張り精神がすごい!
  • 2026年5月12日
    東京でお酒を飲むならば
    写真がきれいで文章がかろやかで、読んでいて心地いい。酒飲み文化への憧憬と敬意を感じる。 甲斐さんのお父さんとの思い出のエピソードが、楽しそうでありながらすこし切ない気持ちになる。わたしもお父さんと飲み歩きしたいなあ、と思う。 「浅草へ行こうか。浅草はお父さんの生まれた街」
  • 2026年5月10日
    生成AI時代の言語論
    読み応えがあった。筆者の大澤先生はAIに批判的なスタンスで、AIが行っている情報処理は人間の知能とは異なること、一方で我々がAIに主体的に隷属することで人間本来のクリエイティビティを手放し、かつ大規模言語モデルを所有するテック大企業が提供するデジタルな荘園の農奴となることで、世界の封建主義化が進み、経済格差の拡大が深刻化することに警鐘を鳴らす。 私も基本的には同様のスタンスではあるのだが、主張を正とするためのややバイアスがかかった情報を選択的に記載しているような感じも否めないので、それは少し意識しながら読むのがよさそう(そういう意味ではAI賛成派の松尾先生との対談を載せている点でバランスが取れていると言えるかも)。 AI活用がさかんに叫ばれる現代だけど、わたしはそこに喜びや価値はあまり感じていなくて、「新しい技術を使いこなさないと置いていかれる」という焦燥感にドライブされているのが気持ち悪いなあとずっと思っているので、わたしも基本的には批判的な立場。 この本の中で主張されている、AIにより自分の思考を言語化させることで、中動態の思考(自分で書いてみることで、自分ってこういうことを感じていたんだ、考えていたんだということに気づく)が奪われるという意見にはなるほどと思わさせられた。 前半の対談と後半の論文パートで主義主張が重なっている部分が大いにあるので、個人的には論文→インタビューの順番で読んだほうがすっと入ってきやすいかもと思った。
  • 2026年5月7日
    動きすぎてはいけない
    がんばって読み切ったけど、難しかった! ただこれまで読んだ千葉先生の本たちが、この本に書かれていることから派生して書かれているんだろうな〜と思った。 基本的に全然よくわからなかったけど、ところどころ印象に残る文章があった。 「世界はデフォルトで狂っていて、多少まともになるときがあるにすぎない」という一文は、なるほどなと思うと同時に、哲学者ってロックだなあと思った。 世の中をわかりたいという欲求から、情報を一般化したり、ツリー構造で整理したり、何事にも過剰に意味を求めようとする社会において、物事はリゾーム的に無秩序に広がって繋がったり切れたりして存在しているという考え方のほうが正しいんじゃないかなあって思うなどした。
  • 2026年5月2日
    誰もがデザインする時代のデザイン
    誰もがデザインする時代のデザイン
    そこそこに分厚い鈍器本でまあまあ骨が折れたが、飛ばし読みしつつなんとか読み切った。 デザインと名のつく仕事をしつつも所謂デザイナー的な出自ではない自分にとって、デザインという行為を「現状をよりよくするためにどう行動すべきかを決定する省察と戦略的感覚を必要とする思考と行動」と広範に定義して、デザイン能力は誰もが持っているものであり、デザインの専門家は関係者同士の対話を支援するために能力を発揮すべきだという考え方は示唆的だった。 やはりデザイナーというと、グラフィックデザインやWebデザイン、プロダクトデザイン、ソフトウェアのUIデザインというハードスキル的な能力を持った人々を思い浮かべてしまうが、本書の中ではサービスデザイン、ストラテジックデザイン、コミュニケーションデザインといったより抽象度の高い物事を対象としたデザインに関する話題が出てくる。これらの能力をひとくくりにデザイナーが持っているものとするのはナンセンスな気がする。デザインというひとつの言葉に対して指すものが多様すぎて、ひとつの組織、ひとりの人間だけが担うこととするのは非現実的だなという納得感がある。 ソーシャルイノベーションについて語られる話題を、株式会社における事業活動に読み替えるのは少し情報変換コストが高かったけど、自分の仕事への向き合い方に影響を与えられるような学びがあった。
  • 2026年5月1日
    論理的思考とは何か
    これまで学校で「論理的である」と教えられてきた思考・論述モデルは、アメリカ型資本主義社会に最適化されたもので、なにを論理的と評価するかは社会によって異なる、というのがあまりに目から鱗で面白かった。 形式合理性・実質合理性の対比を用いながらアメリカ(経済)・フランス(政治)・イラン(法)・日本(社会)それぞれの文化で、社会に参加する人間となるためになにが求められているかの違いを明らかにしながら、それに基づく考え方の多様性が述べられていてわかりやすい。これだけ充実した内容なのに文庫本でこの薄さという筆致の明晰さもすごい。 言われてみれば論理的とか合理的とか当たり前のように使っていたが、なんの文脈においてそう評価するの?と深く考えていなかった気がする。こういう複眼的な視点を学ぶことで、意見が合わない他者との立場の違いがクリアになったり、たとえば自分が評価されなくてもそれはあくまでその組織の文化においてであると思えるようになったりして、より世界への理解に深みが出る気がするな。
  • 2026年4月16日
    カウンセリングとは何か 変化するということ
    カウンセリングに通っているわけではなくても、誰かと関わりながら生きている限り人はカウンセリングに近いことをしているのだと思う。他人に対してもそうだし、おそらく自分自身に対しても。それはケアのコミュニケーションなのだと思う。 この本でコアになる生存と実存という概念について考えている。日々の生活を生き延びるという生存と、人生をどうやって生きるかという実存の対比。生存のほうがエッセンシャルで大事と思われがちだけど、生活を守ることで人生が死んでしまうことがあるという一言が強く印象に残った。 どう生きるかを考えるためのカウンセリングで、思い浮かんだことをすべて話す連想法という手段がある。鎧を少しずつ剥いで本音を話せるようになっていく中で、自分の根本に刻まれた価値観に辿り着くことがある。自分はカウンセリングの専門家じゃないからこんなアプローチをとるのは難しいけど、他人と向き合うとき、いや自分に対しても、こういうコミュニケーションの取り方が必要になるときがあるんだろうなって思いながら読んだ。
  • 2026年3月31日
    ある日、逗子へアジフライを食べに
    豪華な行き先でも瀟洒な食べ物でもない、等身大の旅を楽しむ姿が心地よい。 静岡、山梨、長野、なんなら池袋や三軒茶屋など、身近な場所でささやかな出会いに心動かされる大人の「こたび」は素敵だなと思った。 まるで実母の手記を読んでいるような親近感と温かみを覚えたのだが、調べてみるとほぼ同年代で納得した。
  • 2026年3月28日
    勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版
    勉強とはどういう行為で、それによって自分がどう変わるのかについての考え方を示してくれる本。 千葉さん専門のフランス現代思想をもとに、こちらでは「現代思想入門」よりもさらに噛み砕いた形で書いてくれているので、あわせて読むことで理解が深まる感じがしてよかった。 人はみなその環境のノリで生きているバカである。勉強とはそのノリを批判する=ツッコミを入れるアイロニーである。アイロニーを突き詰めようとすると、異なる環境に身を置くことになる。その転回によって見方を変えることがユーモアである。しかし過剰なユーモアは意味飽和のナンセンスを生み出してしまうため、その人の「享楽的こだわり」によって意味を仮固定する。それはまた新しい環境におけるバカになったということである…。 内容全部を咀嚼できていないけどすごく刺激的で、読みながら自分のいろいろな経験を紐づけて考えてしまった。 カフェで隣の席の男の子が「哲学勉強してるやつってみんなキモい」と話してて、純度の高い悪口にシビれたが、哲学というアイロニックな立場で社会のノリを批判するやつらはそれはキモいということなんだ、と震えるほど腹落ちした。 突き詰めていくとナンセンスになってしまうから、意味を決めるのは自分のこだわりなんだ、という話も、なんだかAI隆盛の現代で人間として必要な資質な気がして、さらにシビれた。
  • 2026年3月22日
    現代思想入門
    現代思想入門
    デリダ、ドゥールーズ、ガタリ、ラカンといった、1950年代以降に活躍した哲学者の研究について知見がなかったので、大掴みに説明してもらえて本当に助かった。 センスの哲学を読んだときにも思ったけど、千葉雅也先生は、複雑なことのエッセンスをそのままに、でもできるだけひらいてわかりやすく多くの人に伝わりやすいように文章を書いてくれるところがかっこいいと思う。 東浩紀さんや松本卓也さんなどの最近感銘を受けた作家もこれらの思想に影響を受けているんだという点と点が繋がる感じもすごくよかった。観光客の哲学はつまり二項対立からの脱構築だったんだ! フランス現代思想の人々は、既存の常識を破壊していく感じがして衝撃を受ける。でもそれが、社会の当たり前になんで??と悶々とする自分にとっては救われるというか、知ることで自由になれることで、だから自分は哲学が面白いと感じるんだろうなあと思った。
  • 2026年3月17日
    機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史
    HCIの話なのだが、専門家ではなくて利用者の目線で書かれているのが新鮮でおもしろかった。 モバイルオーダー、飲食店予約システム、セルフレジ、予約しないと並ぶことすらできない万博、情報戦になったディズニーランド…などなど身近な事例を紐とき、技術は発展しているけど必ずしも便利とはいえないインターフェースが蔓延る状況を嘆いている。 なぜ使いにくいデザインが生き残るのか?という問いについて、実は我々は官僚制に魅力を感じているからだというデヴィッド・グレーバーの考え方が興味深かった。明確に守るべきルールがある役所的な仕事を律儀に貫徹させることに快楽があるという主張。 明らかにデザインのルールに反している、使いづらいだろうというインターフェースでも、「慣れてるから変えないでほしい」という声があがる一端はこういう性質にあるのかもしれない。 デザイン改善が難しいのは、そういうユーザからのハレーションを避けるためだったり、事業のリターンが語りづらいから、という理由が主だけど、インターフェースのデザインの社会的責任を考えたときにそんなこと言ってられるんかという気持ちになる。 作り手の視点に凝り固まった自分にいい刺激になった。
  • 2026年3月16日
    デザインシステムの育て方
    デザインシステムの育て方
    積読してたけど仕事のために読んだ。 自分がデザインシステムだと思っていたものはUIキットでしかなかった!一貫性、統一感、効率的なプロダクトデザインのために必要な仕組みの総称をシステムと呼ぶ。 成功の指標として、いわゆるOKRだけではなく、仕事を楽にすることで人々が安心して働ける環境を作ること、と言っているのがスケールが大きくていい話だと思った。
  • 2026年3月16日
    測りすぎ
    測りすぎ
    主に人間の仕事を定量的に評価することや、その結果としての能力給の妥当性を問う内容。 自分はどちらかというと事業の成功を測るKPIやKGIの扱い方について興味があったので少しズレはあったけど、それでも充分おもしろかった。 定量的な測定に意味がないわけではないけれども、あまりにも信奉されすぎて意味のない指標まで評価されると、誤った結果を導くどころか組織全体のパフォーマンスまで低下させてしまう。 測定される対象は無生物に近いほど信頼性が高いが、人間は測定されることに反応してしまう、というのはわかってはいたものの改めてクリアにされると面白かった。 測定を絶対視するのではなくて、うまく活用していくバランス感覚が大事だと思わさせられる。
  • 2026年3月6日
    理系の読み方
    理系の読み方
    ド文系だから理系の学問のことは全然よくわからないけど、 伝えたいことがあるから小説を書くんじゃなくて、こういう形式で書いてみたいという気持ちで書いた結果として意味が生まれる、という主張が一貫していて そのなかで百年の孤独をフラクタルになぞらえて捉えているエピソードが面白かった。 フラクタルとは単純操作を何度も繰り返すことで生成される図形のことで、百年の孤独ではひとつの物語の中に無数の物語が存在しているからフラクタル的である。だから煩雑でわかりづらいのだけど、伝えたいことが伝わるようにわかりやすく書いた小説は設計図以上の結果にならない一方で、フラクタルな構造の小説は「どんな形になるのか」が予期しづらいことを肯定的に捉えていて、これは人生のことを言っているようだなあと思った。 理系の学問って合目的的で論理的なイメージがあったので、こういう探索的・発散的な思考が肯定されるというのが興味深かった。
  • 2026年3月1日
    デザインのデザイン
    20年以上前に書かれたとは思えないほどの普遍性がある。 大量生産の時代に生まれた安かろう悪かろうの製品に対するアンチテーゼとして生まれたデザインという概念の社会主義的な理想を汲み、加速度的に成長していく資本主義社会のなかにありながらも、いちデザイナーとして消費者の欲望をエデュケートできるような製品を世に送り出していくことに対する意志を感じた。 すぐに真似して実践できるようなことはとてもないだろうけど、常に心の底においておいてじわじわと染み込ませるように自分の仕事に影響させたい、と思うような簡潔で骨太な思想。
  • 2026年2月22日
    日本文化、寄り道の旅 〜彬子女王殿下特別講義〜
    皇族の内情を知る機会はほとんどないので面白かった。 最後の三笠宮殿下に関する章は、良い面ばかりが書かれすぎて皇室プロパガンダっぽいなあと思ったけど(まあ皇族ネタはみんなそうか)、人類がいるかぎり踊りはなくならないものだから、世界平和の一助としてダンスを世間に広めようとしたという話は、子どもの頃からダンスをやっている自分にとって印象に残った。 でも年始の皇族百人一首で「三笠の山にいでし月かも」を取るために三笠宮家が死闘を繰り広げる話がいちばんおもしろいと思う
  • 2026年2月21日
    学芸員しか知らない 美術館が楽しくなる話
    学芸員の友だちの話を思い浮かべながら読んだ。 展示会の企画から実現までの仕事の流れの話を読んで、めちゃくちゃ要件定義とプロジェクトマネジメントしてる…!となった。 テーマ先行ではなく、展示できる作品ありきで展示会のコンセプトが決まる、というのがすごく現実的で印象に残った。 一期一会の美術館の展示、もっと味わって楽しもう…。 美術は生活において無駄なものかもしれないけど、無駄があってこそ人生は豊かになるんだ、という気持ちが伝わってきてよかった。
  • 2026年2月16日
    新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか
    第二次世界大戦を終えて、民主主義と資本主義の正しさが証明されて、世界は平和になった、わけではない。 最近登場した強権的な政治家や、ガザやウクライナで起こっている出来事が、突然生まれたものではなくて、脈々と続く戦いと圧政の歴史の流れによるものだということがわかる。 祖国を奪われること、文化が失われることの恐怖や屈辱はどの国も共通としたとき、この戦争が終わる未来は描けるのだろうか。
  • 2026年2月14日
    はじめての戦争と平和
    読みやすくて一気に読んだ。 憲法の改訂、防衛費の増大、非核三原則の見直しと、自民党は戦争に向かうつもりか。選挙期間中に多く聞かれた批判であるし、自分自身もそう思っていた。 もちろん戦争が起こるべきではないのは当然だけれど、当為と存在は別、つまり起こるべきではないけど実際は起こってしまうと考えたときに、どのように抑止すべきなのか、は一筋縄ではいかない問いだ。 国際政治と安全保障は、ものすごく多面的で、どの角度から見るかによって正解が異なる。 たとえば軍備拡大はよくないというけれど、軍事力を甘く見られて攻め込まれてもいいの? 核兵器はよくないけれど、持っていること自体が核兵器の行使の抑止になるとしたら? 国際情勢は刻一刻と変わるので、過去のセオリーがいまも通用するとは限らない。 しかも政治は結果論で評価されるので、事前の妥当性の評価がとても難しい。 単純化した理想論ではなく現実的な目線で、戦争を起こさないためにはどうするべきかを考えるための枠組みを教えてくれる本だった。
  • 2026年2月12日
    「なぜ1+1=2なのか?」からはじめる非常識な数学教室
    筋金入りの数学嫌いで、テストは万年赤点、高校生のときに数学の問題を解くのが嫌で嫌で、ドリルのページを握りつぶした記憶が鮮明に残っている。そんなわたしが常にひっかかっていたのが「なんでそうなるのか?」「なんでこんなことをするのか?」という前提で、これが理解できないゆえ自分は数学が苦手なのだと思っていたが、この本では「数学が苦手な人と数学者の考え方は同じだ」というのだから嬉しい驚きだ。 たしかに、「1+1=2になるのはなぜか?」「4+2=2+4といえるのはなぜか?」などは、当たり前のように見えて深遠な問いのような感じがする。そして抽象数学においては、答えは常に一つではなくて、前提によって変わる。つまり、「なぜXなのか?」ではなく「Xになるのはどのような場合か?」という問い立てが妥当というのはなるほど、と思った。 数字や図形などの抽象度の高い情報にはやはりあまり興味が持てなくて、結構読み飛ばしてしまったけど、数字によって情報を抽象化(=一般化)することで、世界をもっと高解像度で理解できるようになる、という考え方はおもしろかった。 作者が本当に数学が好きだという想いが伝わってくるのがとてもいい。
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