
saeko
@saekyh
2025.07以降に読んだものと思ったことの記録
- 2026年7月4日
資本主義リアリズム 増補版セバスチャン・ブロイ,マーク・フィッシャー,河南瑠莉マーク・フィッシャーが資本主義社会に対して感じていた手詰まり感がひしひしと伝わってきて、これでは生きていることも苦しくなるよな、と思った。 後期資本主義がもたらしたポスト・フォーディズムの現代において、人々は精神のバランスを崩しているけれども、それが個人の責任に帰されていることに対する問題提起に、自分も息苦しくなるような思いがした。 - 2026年7月1日
- 2026年6月28日
仕事のストレスで疲弊して、その状態を麻痺させるために空き時間はスマホでSNSを無限スクロールしてしまう私には刺さるところが多すぎて苦しくなった。 『暇と退屈の倫理学』をより親しみやすく、現代に寄せて書き直したものともいえる。 ポストフォーディズムの時代、ひとつの専門性を磨けばいいのではなく不確実な状況下で常に成長を求められ、その不安からくる精神の不調が社会ではなく個人の責任として帰せられてしまう時代、人々は自己啓発によってハイテンションに振る舞うか、断片的な娯楽による刺激で感覚を麻痺させようとするかで乗り切ろうとしていると指摘する。 その手段の最たるものであるスマホとSNSは、完全に断つことは現実的ではない一方で、インスタントな情報の供給によってわかりやすいもの・承認欲求が満たされるものばかりを選択させられてしまいがちだ。 この時代を乗り切るための自助努力として、筆者はスマホとの接続を切り、孤独になるための趣味を持つことを奨励する。 やはり「令和人文主義」の代表格だけあり、社会ではなく個人が変わることを薦めるのだなと少しがっかりする気持ちと、でも社会をすぐに変えられないとした場合に個人としてどう過ごすべきかという視点も大事だよなという葛藤した読後感になったが、非常に示唆的な内容だった。 - 2026年6月21日
- 2026年6月16日
宗教のアメリカ藤本龍児合理主義や科学至上主義が正義とされてきた現代において、非合理的なもの、魔術的なものが求められるようになった社会的背景を探る-という話かと思いきや、アメリカの建国から現代に至るまで、カトリックやプロテスタントがどのような変遷を辿ってきたか、それがいかに現代に影響を与えているかという歴史寄りの話だった。 アメリカ研究において宗教が見過ごされてきたが本来は不可分なものである、という主張からはじまるのだが、アメリカといえば日曜にミサに行くイメージがあるし、何かにつけてGodという言葉が出てくるし、キリスト教が根付いている印象だったから、そこまで意外性もなかった… - 2026年6月15日
資本主義と、生きていく。品川皓亮生産性向上、KPI達成、非連続的成長、会社で言われすぎてげんなりする言葉の数々。そんなにスピードアップして、コスト削減でいろいろなものを切り捨てて、新しい商品をたくさん出して行った先に、なにがあるの?答えは、何もないのだった。なぜなら、資本主義社会では成長し続けることこそが目的であり、競争に負けないためにさらに早く・安くつくり、高く売ることを目指し続けなければいけないからだ。 事業会社で働いているととみに実感する、数字に追われたり成長を強いられたりすることのしんどさを、歴史的経緯を丁寧に紐といて解説してくれる良書。いまある仕組みもある価値観において良しとされているもので絶対的正義ではないし、つらいのは個人ではなく構造のせいだと考えられるようになれば、その打開策も見つけやすくなるかもしれない。 良くも悪くも本書の着地点はマイルドで、「資本主義と共生するためのほどよい距離感を身につけよう」というもの。個人における実践という限りでは現実的だとは思うものの、なんとなくの消化不良感も残る。じゃあどうやって?の論が少ないことが気になるのと、あとは社会において経済成長を目指し続けることで生まれている歪みは放置してもいいの?という疑問が残る。まあこれは本書の射程圏外ということなのだろう。脱成長コミュニズムもそれはそれでラディカルすぎて実現可能性低いしな… - 2026年6月8日
リチャード・ローティの『偶然性、アイロニー、連帯』は、書名はよく聞くが手に取るハードルがなかなかに高い学術書なので、やさしく解説してくれる本があってありがたいと思った。 人類普遍の必然的な本質などは存在せず、あらゆる人間も社会も偶然性の産物であると捉える。共同体において「正しさ」や「常識」とされているものを疑うアイロニーを持つ。そして残虐さを回避するために、感情をもって紐帯をむすぶ。これが異なる人間が異なるままにともに生きていく方法だという。 ともすれば陳腐に聞こえなくもない。とはいえ「人類普遍の真理の追求」という哲学の至上命題を否定し、言語哲学の立場から「ことばづかい」と社会におけるコミュニティ形成の関係性について説いたのは画期的だったのかもしれない。 伊藤計劃の『虐殺器官』で登場する虐殺文法が実際に研究され、発見されていたというのが面白かった。 - 2026年6月5日
四方対象グレアム・ハーマン,山下智弘,岡嶋隆佑,石井雅巳,鈴木優花難しすぎた! でもフッサールやハイデガーという知の巨人たちを批判的に継承して乗り越えようとするスタンスがめちゃくちゃかっこいいと思った。 もっとちゃんと理解して、デザイン方法論に活かしたい。 - 2026年5月16日
民主主義の非西洋起源について(1011)デヴィッド・グレーバー,片岡大右民主主義が「西洋」で生まれて世界に広がっていったという傲慢さを痛烈に批判し、そもそも民主主義と国家は両立しえないと常識を根本から引っくり返す。逆張り精神がすごい! - 2026年5月12日
東京でお酒を飲むならば甲斐みのり写真がきれいで文章がかろやかで、読んでいて心地いい。酒飲み文化への憧憬と敬意を感じる。 甲斐さんのお父さんとの思い出のエピソードが、楽しそうでありながらすこし切ない気持ちになる。わたしもお父さんと飲み歩きしたいなあ、と思う。 「浅草へ行こうか。浅草はお父さんの生まれた街」 - 2026年5月10日
生成AI時代の言語論大澤真幸読み応えがあった。筆者の大澤先生はAIに批判的なスタンスで、AIが行っている情報処理は人間の知能とは異なること、一方で我々がAIに主体的に隷属することで人間本来のクリエイティビティを手放し、かつ大規模言語モデルを所有するテック大企業が提供するデジタルな荘園の農奴となることで、世界の封建主義化が進み、経済格差の拡大が深刻化することに警鐘を鳴らす。 私も基本的には同様のスタンスではあるのだが、主張を正とするためのややバイアスがかかった情報を選択的に記載しているような感じも否めないので、それは少し意識しながら読むのがよさそう(そういう意味ではAI賛成派の松尾先生との対談を載せている点でバランスが取れていると言えるかも)。 AI活用がさかんに叫ばれる現代だけど、わたしはそこに喜びや価値はあまり感じていなくて、「新しい技術を使いこなさないと置いていかれる」という焦燥感にドライブされているのが気持ち悪いなあとずっと思っているので、わたしも基本的には批判的な立場。 この本の中で主張されている、AIにより自分の思考を言語化させることで、中動態の思考(自分で書いてみることで、自分ってこういうことを感じていたんだ、考えていたんだということに気づく)が奪われるという意見にはなるほどと思わさせられた。 前半の対談と後半の論文パートで主義主張が重なっている部分が大いにあるので、個人的には論文→インタビューの順番で読んだほうがすっと入ってきやすいかもと思った。 - 2026年5月7日
動きすぎてはいけない千葉雅也がんばって読み切ったけど、難しかった! ただこれまで読んだ千葉先生の本たちが、この本に書かれていることから派生して書かれているんだろうな〜と思った。 基本的に全然よくわからなかったけど、ところどころ印象に残る文章があった。 「世界はデフォルトで狂っていて、多少まともになるときがあるにすぎない」という一文は、なるほどなと思うと同時に、哲学者ってロックだなあと思った。 世の中をわかりたいという欲求から、情報を一般化したり、ツリー構造で整理したり、何事にも過剰に意味を求めようとする社会において、物事はリゾーム的に無秩序に広がって繋がったり切れたりして存在しているという考え方のほうが正しいんじゃないかなあって思うなどした。 - 2026年5月2日
誰もがデザインする時代のデザインエツィオ・マンズィーニ,中山郁英,八重樫文,岡本晋,森一貴,石塚理華そこそこに分厚い鈍器本でまあまあ骨が折れたが、飛ばし読みしつつなんとか読み切った。 デザインと名のつく仕事をしつつも所謂デザイナー的な出自ではない自分にとって、デザインという行為を「現状をよりよくするためにどう行動すべきかを決定する省察と戦略的感覚を必要とする思考と行動」と広範に定義して、デザイン能力は誰もが持っているものであり、デザインの専門家は関係者同士の対話を支援するために能力を発揮すべきだという考え方は示唆的だった。 やはりデザイナーというと、グラフィックデザインやWebデザイン、プロダクトデザイン、ソフトウェアのUIデザインというハードスキル的な能力を持った人々を思い浮かべてしまうが、本書の中ではサービスデザイン、ストラテジックデザイン、コミュニケーションデザインといったより抽象度の高い物事を対象としたデザインに関する話題が出てくる。これらの能力をひとくくりにデザイナーが持っているものとするのはナンセンスな気がする。デザインというひとつの言葉に対して指すものが多様すぎて、ひとつの組織、ひとりの人間だけが担うこととするのは非現実的だなという納得感がある。 ソーシャルイノベーションについて語られる話題を、株式会社における事業活動に読み替えるのは少し情報変換コストが高かったけど、自分の仕事への向き合い方に影響を与えられるような学びがあった。 - 2026年5月1日
論理的思考とは何か渡邉雅子これまで学校で「論理的である」と教えられてきた思考・論述モデルは、アメリカ型資本主義社会に最適化されたもので、なにを論理的と評価するかは社会によって異なる、というのがあまりに目から鱗で面白かった。 形式合理性・実質合理性の対比を用いながらアメリカ(経済)・フランス(政治)・イラン(法)・日本(社会)それぞれの文化で、社会に参加する人間となるためになにが求められているかの違いを明らかにしながら、それに基づく考え方の多様性が述べられていてわかりやすい。これだけ充実した内容なのに文庫本でこの薄さという筆致の明晰さもすごい。 言われてみれば論理的とか合理的とか当たり前のように使っていたが、なんの文脈においてそう評価するの?と深く考えていなかった気がする。こういう複眼的な視点を学ぶことで、意見が合わない他者との立場の違いがクリアになったり、たとえば自分が評価されなくてもそれはあくまでその組織の文化においてであると思えるようになったりして、より世界への理解に深みが出る気がするな。 - 2026年4月16日
カウンセリングに通っているわけではなくても、誰かと関わりながら生きている限り人はカウンセリングに近いことをしているのだと思う。他人に対してもそうだし、おそらく自分自身に対しても。それはケアのコミュニケーションなのだと思う。 この本でコアになる生存と実存という概念について考えている。日々の生活を生き延びるという生存と、人生をどうやって生きるかという実存の対比。生存のほうがエッセンシャルで大事と思われがちだけど、生活を守ることで人生が死んでしまうことがあるという一言が強く印象に残った。 どう生きるかを考えるためのカウンセリングで、思い浮かんだことをすべて話す連想法という手段がある。鎧を少しずつ剥いで本音を話せるようになっていく中で、自分の根本に刻まれた価値観に辿り着くことがある。自分はカウンセリングの専門家じゃないからこんなアプローチをとるのは難しいけど、他人と向き合うとき、いや自分に対しても、こういうコミュニケーションの取り方が必要になるときがあるんだろうなって思いながら読んだ。 - 2026年3月31日
ある日、逗子へアジフライを食べに大平一枝豪華な行き先でも瀟洒な食べ物でもない、等身大の旅を楽しむ姿が心地よい。 静岡、山梨、長野、なんなら池袋や三軒茶屋など、身近な場所でささやかな出会いに心動かされる大人の「こたび」は素敵だなと思った。 まるで実母の手記を読んでいるような親近感と温かみを覚えたのだが、調べてみるとほぼ同年代で納得した。 - 2026年3月28日
勉強とはどういう行為で、それによって自分がどう変わるのかについての考え方を示してくれる本。 千葉さん専門のフランス現代思想をもとに、こちらでは「現代思想入門」よりもさらに噛み砕いた形で書いてくれているので、あわせて読むことで理解が深まる感じがしてよかった。 人はみなその環境のノリで生きているバカである。勉強とはそのノリを批判する=ツッコミを入れるアイロニーである。アイロニーを突き詰めようとすると、異なる環境に身を置くことになる。その転回によって見方を変えることがユーモアである。しかし過剰なユーモアは意味飽和のナンセンスを生み出してしまうため、その人の「享楽的こだわり」によって意味を仮固定する。それはまた新しい環境におけるバカになったということである…。 内容全部を咀嚼できていないけどすごく刺激的で、読みながら自分のいろいろな経験を紐づけて考えてしまった。 カフェで隣の席の男の子が「哲学勉強してるやつってみんなキモい」と話してて、純度の高い悪口にシビれたが、哲学というアイロニックな立場で社会のノリを批判するやつらはそれはキモいということなんだ、と震えるほど腹落ちした。 突き詰めていくとナンセンスになってしまうから、意味を決めるのは自分のこだわりなんだ、という話も、なんだかAI隆盛の現代で人間として必要な資質な気がして、さらにシビれた。 - 2026年3月22日
現代思想入門千葉雅也デリダ、ドゥールーズ、ガタリ、ラカンといった、1950年代以降に活躍した哲学者の研究について知見がなかったので、大掴みに説明してもらえて本当に助かった。 センスの哲学を読んだときにも思ったけど、千葉雅也先生は、複雑なことのエッセンスをそのままに、でもできるだけひらいてわかりやすく多くの人に伝わりやすいように文章を書いてくれるところがかっこいいと思う。 東浩紀さんや松本卓也さんなどの最近感銘を受けた作家もこれらの思想に影響を受けているんだという点と点が繋がる感じもすごくよかった。観光客の哲学はつまり二項対立からの脱構築だったんだ! フランス現代思想の人々は、既存の常識を破壊していく感じがして衝撃を受ける。でもそれが、社会の当たり前になんで??と悶々とする自分にとっては救われるというか、知ることで自由になれることで、だから自分は哲学が面白いと感じるんだろうなあと思った。 - 2026年3月17日
HCIの話なのだが、専門家ではなくて利用者の目線で書かれているのが新鮮でおもしろかった。 モバイルオーダー、飲食店予約システム、セルフレジ、予約しないと並ぶことすらできない万博、情報戦になったディズニーランド…などなど身近な事例を紐とき、技術は発展しているけど必ずしも便利とはいえないインターフェースが蔓延る状況を嘆いている。 なぜ使いにくいデザインが生き残るのか?という問いについて、実は我々は官僚制に魅力を感じているからだというデヴィッド・グレーバーの考え方が興味深かった。明確に守るべきルールがある役所的な仕事を律儀に貫徹させることに快楽があるという主張。 明らかにデザインのルールに反している、使いづらいだろうというインターフェースでも、「慣れてるから変えないでほしい」という声があがる一端はこういう性質にあるのかもしれない。 デザイン改善が難しいのは、そういうユーザからのハレーションを避けるためだったり、事業のリターンが語りづらいから、という理由が主だけど、インターフェースのデザインの社会的責任を考えたときにそんなこと言ってられるんかという気持ちになる。 作り手の視点に凝り固まった自分にいい刺激になった。 - 2026年3月16日
デザインシステムの育て方ダン・モール,長谷川恭久,高崎拓哉積読してたけど仕事のために読んだ。 自分がデザインシステムだと思っていたものはUIキットでしかなかった!一貫性、統一感、効率的なプロダクトデザインのために必要な仕組みの総称をシステムと呼ぶ。 成功の指標として、いわゆるOKRだけではなく、仕事を楽にすることで人々が安心して働ける環境を作ること、と言っているのがスケールが大きくていい話だと思った。
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