
saeko
@saekyh
2025.07以降に読んだものと思ったことの記録
- 2025年8月16日BUTTER柚木麻子「どんな女だって自分を許していいし、大切にされることを要求して構わないはずなのに、たったそれだけのことが、本当に難しい世の中だ。」 「なにもかも自力で乗り越えなきゃいけないわけじゃないよ。成長をし続けなきゃいけないわけでもないよ。そんなことより、今日一日をやり終えることの方がずっと大事」 ジェンダー平等を叫んでも、意識せずに過ごそうとしてみても、この社会に分かち難く組み込まれている男女の別。男性だから/女性だからこうしなさい、こうでなければならない、こうすべきだという考え方が、気づかないうちに私たちに浸透し、苦しめている。近年は女性の権利が声高に主張される傾向があるように感じるけれど、この世は男性も女性も地獄なのだ。 こんな世の中を生き抜くために大切なことは、他人に救いを求められること。救いを求めた人の手をとること。結局は人との繋がりが、居場所をつくり、存在を肯定してくれるのだと思った。 登場人物たちが被告人の放言に翻弄され、自分の中の痛みや苦しみと向き合いながら、最後はそばにいる人との絆を慈しみ、尊んでいくラストに心がほの暖かくなる思いがした。これはケアの物語だ。
- 2025年8月15日
- 2025年8月13日十戒夕木春央『方舟』の衝撃的なラストを何度も何度も読み返した夕木春央さんの作品、本屋で文庫化されているのを見つけて嬉しい!!と思い購入。前作がすごく読み応えがあったし、設定を聞いただけでも面白そうだったので、今回はどんな展開になるのだろう?とわくわくしながら読んだら、期待を上回る鮮やかなトリックで、この最後の数ページでコペルニクス的転回を起こさせる論理の組み立てが、もう凄いとしか言えなさすぎる。一度読んで終わりじゃなくて、違う解釈をしながら読み返すことで何度も楽しめるミステリー、秀逸すぎる。ほんのり切なさの滲む終わり方も含めて、個人的には方舟よりもこちらのほうが好きかも。
- 2025年8月12日湯気を食べるくどうれいん人生における幸せとはなんだろうと考えるとき、若い頃はなにかを成し遂げたり何者かになることだと漠然と思っていたけれど、社会人になってからの紆余曲折を経て、自分は何者にもなれないし、何事も成し遂げられないと悲観でも諦念でもない単純な事実として気づいた結果、何気ない生活を積み重ねることこそが幸せだと思うようになった。 そんな生活の中で欠かせない要素のひとつが食事であり、それに楽しみを見出すことは、たまらなく日々を豊かにしてくれるものだと思う。 もちろん、食べることにさして興味がない人もいるだろうから誰にとってもそうだとは言わないが、自分にとっては旬の食材を食べること、おいしい調味料を手に入れること、野菜を茹でてぶわっと色鮮やかになる瞬間にちいさく感動したり、手は込んでいなくても自分でつくった料理に心が満たされることは、たいそう豊かなことであるなあと感じる。 このエッセイではそんな生活の中のちいさな食の楽しみがひとつひとつ掬い上げられていて、食事を楽しむということは人生に希望を持つということだなあと、大げさかもしれないが感じさせられる。瀟洒なレストランに外食しにいくとかそういうことではなくて、あくまで日常に紐づいて展開される食生活が心地よい。スーパーで安売りされている食材に目を向けたり、筆者のレシピをまねしたりして、さらに食事を楽しみたいなという気分になる。 ひとつだけ腑に落ちないのは、「自炊は調律」というエッセイで、「自炊が好きなんてえらいですね」と投げかけられることに対し、「あなたが自炊をできないことはわたしには関係がない」と言いながら、「あなたが自分の自炊を自虐するとき、わたしの自炊も傷つく」と言っている点だ。 あくまでエッセイなので、本人が感じたことを自由に書けばいいし、それにどうのこうの言うのはナンセンスかもしれないが、わたしは「他人と自分の自炊が関係ないと思うなら、なぜ牙を剥くんだろう」と思ってしまった。 自分を調えるための手段が筆者にとっては自炊で、それ以外の選択肢を持っている人をうらやましく思うというのはわからなくはないし、全然やりたくないのにやらざるをえない状況だったというなら憐憫の情も湧く。 しかし筆者にとって自炊は「あまりにもたのしく、それを取り上げられた人生のことを想像できない」と書いている。 であれば「自炊を楽しいと思えるわたしとそれ以外のひと」と線引きしてしまえばいいのに、それができず、羨ましがられることに対して負の感情が湧くというのは、自分と他人の自炊を関係づけていることに他ならないし、いったい他人に何を期待しているんだろうなあと思ってしまう。 本人が文中にも書いているように、きっと「自炊をしてきた自分」というものに強いプライドを持っていて、それを他人にとやかく言われるのが許せないのだろうな…と我の強さを感じてしまった。 それがなんとも自分の感性と合わず、穿った目線になってしまって、そのあとのエッセイはあんまり素直な気持ちで読めなかった。
- 2025年8月5日ブレイクショットの軌跡逢坂冬馬「彼ら二人の人生は複雑で、批判的に捉えるにせよ虚像の中で英雄的に捉えるにせよ、どうとでもいえるのだろう。」 「世の中にある情報ってそんなに『わかりやすく』できるものなんだろうか。ひょっとして(中略)世の中の多くの人たちは、いつも複雑な世界を過剰に分かりやすくしてくれる誰かを求めていて、その一人がジョー先生なのではないだろうか。」 直木賞候補だったこの作品。本屋で手に取ったときは想像よりも分厚くて読み切れるか少し不安だったけれど、ひとつひとつのエピソードに深みがあって面白く、読み進める手が止まらなかった。 それでもボリュームがあるので読む楽しみが続くのが、長編小説のいいところだと思った。 本作では、異なる場所で異なる人物に起こる一見無関係な出来事が、ブレイクショットというキーワードを中心に繋がっていく様子を見事に描いてみせる。 登場人物がそれぞれの希望と苦悩を抱え、複雑な背景を持っているのだが、その沢山の要素が寄り集まってネットワークが紡がれていく設定の緻密さが圧巻だった。 そして物語の根底には、作者の現代社会への問題意識が息づいている。それはたぶん、世の中の出来事を単純化し、物笑いの種として消費することの軽薄さだと思った。 わたしたちの目の前にある物事は想像以上に複雑で、自分に関係したりしなかったりする人が思わぬ形で携わったすえに存在している。 それを自覚したとして、世界にどう向き合い、どう生きていったらいいのか? それに対する答えを、それまでの重たさからは想像できなかった、希望溢れる爽やかなラストで提示してくれた。
- 2025年7月29日きみに冷笑は似合わない。山田尚史叙情的なタイトルであるが、中身は極めて理性的なビジネスエッセイ集である。仕事に関連するさまざまな場面において、どのような知識を身につけ、どのような姿勢で振る舞うとよいのか、筆者の経験をまじえて紹介されている。特別に目新しい情報は少ないけれども、知的で明晰な筆致にふむふむと納得しながら読み進めることができた。
- 2025年7月24日方舟夕木春央ものすごい閉塞感と没入感で、目の前に薄暗い岩肌の壁と頼りない蛍光灯の光が見えるよう。それでいてスピード感をもってストーリーが進んでいくので、次は何が起こるんだろう?と気になってぐいぐいと読み進めてしまった。 クローズドサークルの物語であるため、終盤は結論の選択肢が絞られてきて少し先が見通せるような気持ちになっていたのだが、最後のどんでん返しは予測できず、仄かな希望の光が絶たれ目の前が真っ暗になる感じがした。これは面白すぎる!
- 2025年7月22日逆ソクラテス伊坂幸太郎伊坂幸太郎といえば『ゴールデンスランバー』をはじめミステリー作品のイメージが強く、本作はトリッキーなタイトルと複雑で精緻なイラスト、そして「世界をひっくり返す無上の全5篇」という煽り文句もあり、きっとスリリングでエンタメ性のある作品なのだろうと期待して読み始めたのだが、まったくの見当違いであった。 小学校を舞台に繰り広げられる物語は、まるで重松清作品のように道徳的かつ教訓的で、どんでん返しがあるかと思いきやちょっとした意外性くらいのインパクトであったり、なんとも肩透かしを食らった気分になった。この穏やかさで「世界をひっくり返す」はさすがに大げさというか、看板に偽りありではないだろうか。 巻末のインタビューを読んでみたら「20年作家をやっていてはじめての作風」「苦労しながら書いた」というようなことが書かれていたので、ああなるほど伊坂氏にとって挑戦となる作品だったのだなということは理解した。先に調べておくべきだった。
- 2025年7月21日となりの陰謀論烏谷昌幸「陰謀論を生み出し増殖させるのは、人間の中にある『この世界をシンプルに把握したい』という欲望と、何か大事なものが『奪われる』という感覚です。」 文芸評論家の三宅香帆さんがYouTubeで紹介されていたのがきっかけで知り、母校の教授の著作であることに気づいて興味を持ち購入。 日本社会における右派ポピュリズムの台頭が明らかとなった今こそ読むべき一冊だと感じた。 根拠の乏しい突拍子もない主張や、それらを盲信して過激な言動を繰り広げる人々を、反知性的だというレッテルを貼って一笑に付すことは簡単だ。しかしそれでは何も解決しない。彼らの根底にある不安、不満、そして剥奪感にしっかりと目を向けなければ、さらに分断が深まるだけだ。 本書では、政治的思想ではなく民衆の声をそのまま反映するポピュリズムがどのような形で育まれるのか、その中で陰謀論の果たす役割について、現代アメリカと近代ドイツを例として考察する。その社会構造について読んでいると、いまの日本社会にそのまま置き換えても理解することができ、ポピュリズム形成フォーマットの再現性の高さに慄然とする。 さらには全体主義や恐怖政治との親和性の高さにも言及されており、陰謀論は決して笑いごとではなく、民主主義の根幹を揺るがしかねない存在であると警鐘を鳴らす。 極右的思想や陰謀論に傾倒する人々を冷笑する人々もまた、リベラルな思想のバイアスで物事を見て判断しているにすぎない。特にSNSによって思想のエコーチェンバーに閉じ込められやすい現代においては、双方の対立関係を強調することがあまりにも簡単だ。 そんな状況下で、陰謀論による社会の暴走を防ぐためにはなにができるか。その明確な回答はまだないけれど、まずは陰謀論を過小評価しない、陰謀論を信じる人々の問題意識を矮小化しない、というのが第一歩であると気づかされる。 その先は対話をすればわかりあえる、などと単純なものではないけれど、一つ一つの流言飛語に真摯に向き合い、事実を明らかにして伝えていくこと。そして人々の問題意識を軽減できるような社会の仕組みをつくること。そういった地道な不断の努力に他ならないのだろう。
- 2025年7月20日汝、星のごとく凪良ゆう「わたしは愛する男のために人生を誤りたい。」 金色の箔押しが美しい特装版。本屋で序盤を立ち読みして、夏の夕暮れの表現が美しく、この季節にぴったりかもと思い購入。 読後感は、よくも悪くも少女漫画のようだなあ、という印象だった。心に傷を持つ者同士が惹かれ合い、ままならない出来事に翻弄されながらも、長い時間をかけて互いへの愛を育んでいくその過程と結末が、繊細な筆致で描かれている。 物語の根幹には、どんな環境にいようとも、周囲に後ろ指をさされようとも、自分の意思で選択して生きていくしかない、愛とは決断である。というメッセージが、もがき苦む登場人物たちへの慈愛と、他者の苦しみを揶揄して軽率に消費する大衆への至諫のこもった目線で存在しているように感じた。 物語がテンポよく進んでいくので、次になにが起こるのかが気になりぐいぐいと読み進めることができた。 一方で、自分は別れた相手との未練を長年断ち切れず引きずり続けるというのがなんとも不気味というかロマンチックに美化できることではないよな…という思想の持ち主のため、終盤のドラマチックな展開も併せてリアリティがなく、共感・感動するまでにはいかなかった。 状況描写とモノローグの書き分けがうまく、パンチライン的な文章が多いので、登場人物たちがどの経験を通して何を学んだのかがわかりやすく、自己投影しながら読んでいる人にとっては金言と(まさに「一番星」のように)思える言葉がたくさんあるのかもしれない。 近く映画化されるようだが、作中で「ださい」「美人ではない」と表現されている主人公を演じるのが広瀬すずとは………という気持ちになりました
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