
kei
@k3245
2025年9月5日

日の名残り
カズオ・イシグロ,
土屋政雄
読み終わった
カズオ・イシグロ著「日の名残り」読了。
2025/9 3冊目
◎サマリ
①古き良きイギリスの衰退
②執事の品格とは
③変わることが正しいのか
◎書評
大英帝国の国力、文化の衰退を克明に描いた名作。
小説ではあるものの、学びの多い作品だった。
① 古き良きイギリスの衰退
主人公は名門貴族、ダーリントン卿に仕えた執事、スティーブンソン。
ダーリントン卿は3年前に亡くなり、新たに屋敷の主人となったアメリカ人に仕えている。
そんな新たな主人からスティーブンソンは休暇をもらい、フォードに乗ってイギリスの田園地帯を走り旅に出る。
物語は大部分が過去の回想だ。
第一次世界大戦後から第二次世界大戦前夜にダーリントン・ホールで何が行われていたかがスティーブンソンの回想のもと描かれる。
しかし、古き良きイギリスの衰退はアメリカ人主人との日常のやり取りで色濃く描かれている。
スティーブンソンは新たな主人が飛ばすジョークについていけない。
過去のイギリスではこんなことはなかったのに…と苦虫を噛み潰すような思いをするわけだ。
イギリスの一級貴族の邸宅がアメリカ人に購入されていることで経済的なイギリスの敗北を描き、文化としても潮流はアメリカンカルチャーが中心となり、イギリス文化は古くは臭いものになっている。
執事としてのプライドもズタボロにされていくスティーブンソンは、過去の時代に取り残されている老兵ともいうべきだろう。
カズオ・イシグロはこのイギリス経済、文化の衰退を執事視点で暗に、時には鮮明に描き切っている。
②執事の品格とは
スティーブンソンが過去の回想をする際のひとつのポイントになっているのが執事の品格だ。
スティーブンソンは多くの執事仲間と執事とはどうあるべきかを論議し、その時代の立派な執事へと成長した。
その一方で、父の最期にも立ち会えない、女中頭の恋心にも気づけないような空虚化した存在になってしまったことへの後悔の念も描かれる。
極めつけは主人であるダーリントン卿が第二次世界大戦前に行なっていたことは、決して正しいことではないと薄々気づいていたものの、主人を信じるということを言い訳にダーリントン卿への進言を行うことは避け続けた。
結果、戦後ダーリントン卿は世間からの大バッシングを受け、失意のまま亡くなる。
正しい執事の在り方、執事の品格とは何か。
このテーマを追いかけることこそこの小説を楽しむひとつの鍵になると考えられる。
③変わることが正しいのか
ダーリントン卿が冒した罪とは、親ナチス派になってしまったことだった。
ダーリントン卿自身、古き良きイギリスが大切にしているものなど今の時代には合わないものだと自覚している。
しかし彼が求めてしまったものはヒトラーやムッソリーニといった過激な指導者だった。
確かに大きく世の中は変わるがこれが本当に正しいのか。そういった視点が抜けていたのだろう。
ここから変わることが正しいのか、改めて考えさせられた。
ビジネスの場でも変革、変革とばかり言うが、それは過去を全否定すべきものではない。
そういった大局観のようなものもカズオ・イシグロは読者に伝えたかったのではないだろうかと感じた。

