
もん
@_mom_n
2025年9月7日

あなたの名
小池水音
読み終わった
心に残る一節
@ 図書館
私は小池水音さんのことを「静謐」という言葉が最も似合う作家だと思っている。透明で清らかで水のような文章に、何度読んでも心を洗われるような心地になる。
小池さんの作品は『息』も『あのころの僕は』も読んだが、内容はもちろんのこと文体や作品全体の空気感がたまらなく好きで、本作もやっぱり好きだった。性描写も絵画のような美しさだった。
*
名前は親から子どもへの最初のプレゼントだと言われたりするが、私はプレゼントというより呪いだと思っている。こういう風に育ってほしいという呪い。
私の名前は何の願いもなく画数も気にせず他の名前と迷うこともなくインスピレーションで即決したらしい。"自分の名前の由来を聞いてみよう"という宿題が出された小学生の頃に、親からそう告げられた。まだピュアだった当時の自分はその事実を悲しく思ったけれど、今ではむしろそれが気に入っている。
とても美しい作品を読みながらそんなひねくれたことを考えてしまう自分が虚しい。
p.13
恭しく骨を壺に収めてゆき、ちいさな箒をつかい欠片を集めていった。そのとき、銀色の台の端に細かな欠片が取り残されているのがみえた。あ、と声にならない息が漏れたときには、係員は骨壷の蓋を閉じていた。母は永遠にすこし欠けたまま、墓の下に残りつづけるのだとおもった。
p.26
生まれもった姿とはちがい、名前は常に誰かがあとから与えたものだった。そうして与えられた名前が生涯にわたり杭として立ち、そのひとの経験するすべての出来事が、そこに結びつけられてゆく。
p.36
瑞々しい甘みが舌に、頬に、喉の奥に、さらには首の裏側あたりまで沁みてゆき、そこここでちいさく破裂するみたいに感じた。安らかな重みが胃袋を満たした。
p.75
彼の肌のあまりの熱さに驚く。しかし、これほどの熱もまた、所詮は皮膚をとおしてあらわれているかりそめの温度なのだとあるとに気づく。本当の熱は皮膚の奥、最も深い場所に埋まっている。そうとわかると、こうして肌を触れ合わせているのでは間に合わないとわたしはおもう。夜の雪原で遠くに灯る篝火をみつけたみたいに、そのほかのことはもう意味を持たなくなる。
