
ましゅまる
@mashu-maru
2025年9月7日
読み終わった
ふと本が読みたくなった。
生活の中で必死に取り組んでいたことが終わって、忙しかった仕事がひと段落して、夜の時間をスマホ片手にぼんやり過ごしていた時に思った。
私は本を読むのがあんまり得意じゃない。
そもそも文字列は目が滑るから調子が悪い時は数行で根を上げるし、集中力もないので大抵だんだん眠くなってしまう。
本をたくさん読め、なんて本が読めるやつの暴論だと昔からうっすら思っている。
でも、読む必要があるから読んでいる。読みたいものがあるからしぶしぶ読んでいる。眠い目を擦りながら。
『口の立つやつが勝つってことでいいのか』
喋れと言われたらいつまでも話せる、口が立つやつだと自負している。そんな自分が好きじゃない。
衝動性を理由に逃げてはいけないと思うけど、どう頑張っても人の発言を遮って話し出す癖がなおらない。困れば困るほどよく喋る。言論の場で(そうあろうとしなくても)強者側に立ててしまう自分に嫌気がさしている今、読むべきタイトルだと思った。
最初の数ページ目ですぐに付箋を貼った。おお、と思った箇所をすぐに読み返せるように。(もちろん自分の買った本にだけ)
読み進めるうちに、これは付箋だらけになるな……、と思って貼るのをやめた。
今この本を読めて本当によかったな〜。これが純粋な感想。
「書くことには、そういうおそろしい効果もある。もやもやした複雑な感情や感覚が、言葉にできただけのものに置き換わってしまうのだ。(p.59)」
「言葉にすると力を持ってしまう(p.26)」
言葉はペラペラと出てくるけど、出す言葉を一旦精査する回路が私には元々整備されていなかった。
仕事では発する言葉をどうしても精査する必要があるので、頭をものすごく使う。仕事のやりがいはあるし、お金ももらっているのでとても頑張れる。
日常生活でもできるだけ頑張ってはいる。疲れる。めんどくさくなって雑に喋る、意図が違って受け取られる、すでに疲労困憊なので頭が回らない、訂正もままならない、時に人を傷つける、あぁもう誰とも話したくない……。
脳のキャパは限界、心の余裕も完売。元気になったあとから(あんな風に言うんじゃなかったな、本当はこう言いたかったんだけどな)と後悔してももう遅い。吐いた言葉はすでに力を持ったのだ。
だからこそマイナスの気持ちをはっきりとした言葉にするのが怖い。どうでもいいことはペラペラ話せるけど、自分が落ち込んだり傷ついたりムッとした時には言葉に詰まる。強い気持ちは強い言葉になるし、力もそれだけ強くなる。言えないよ、こんなこと。相手がどう思うかわからないし、聞く側も負担だと思うし。それに自分の気のせいかもしれないじゃん……。
表紙に配置されたタイトルを眺めてる時、責められる心づもりをしていた。話し言葉優位勢としての怒られ準備。
「活字はむしろ苦手で、ずっと本を読まない人間だった。(p.7)」
「小学生のとき、私は口が立つ子どもだった。(p.13)」
口が立つのに、話せない。言葉を使う仕事をしているけど、元々言葉に精通しているわけじゃない。
凝っていた言葉へのコンプレックスが、読み終えた時にはちょっとだけ溶け出てくれた気がした。
「実用に迫られて、生きるために、言葉と格闘してきた。(p.08)」
本当にただそれだけなんだ。