
DN/HP
@DN_HP
2025年9月10日

かつて読んだ
「自分の声は、自分が出会った歴史や人びとを響き合わせる過程で見つかるはずだ。彼らから受け取ったものに、応答してみよう。」
沖縄、伊江島から台湾を経て黒人神学を学ぶために渡ったアメリカ、ニューヨーク。境界線のあちら側からの声に耳を傾ける、その線を越えて当事者として体験し直すことは出来ないけれど、それでもそこにある声を、物語を聞くことはできる。そこにあるのもこちら側で出来る“体験”だ。誰かが書いた本を読むということもつまりはそういうことだ。誰かの体験を読むという体験が出来る。本の力というのは、そこにあるのだと思う。というのは、別件で書かないといけない話だけれど、この本で素直にエモーショナルに語られる、伊江島の、台湾の、アメリカの黒人の歴史を本当の意味で共有出来ない若者が、苦悩しながらもそれに応答することで自分の声をもつことの意味に至る物語。ここにもそんな力が満ちている。これも「幾度でも聞かなければならない物語なのだ。」禍いを生きてきた人びととつながる(ろうとする)ための物語を読む、とても素晴らしい体験。
「コルトレーンを聴きなさい。彼の音楽には喜びがあるから。」なるほど。と思ったけれど、レコードがみつからないから、アイズレーブラザーズのベスト盤を聴いています。「アイズレーブラザーズもいい。」もちろん間違い無いですね。




