
いっぴきたぬき
@lone_tanuki
2025年9月15日

すばらしい新世界〔新訳版〕
オルダス・ハクスリー,
大森望
読み終わった
産まれる前から一人ひとりの人生が階級によって運命づけられていて、しかもそれぞれが自分の属する階級にいることに満足している、極めて幸福な社会。
嫉妬や自尊心といった人間の幸福を大きく左右しうる感情に対する著者の観察眼と構想力に畏れいる。
万民の幸福を目指す徹底管理型の全体主義社会が、いかに奇妙で不気味であるかが皮肉たっぷりに描写される。
主人公の一人が、このすばらしい文明社会ではあり得ない、その文明に生きる人々には理解できない行為をしたことをもって物語の幕が閉じる。これは普段の我々が忌避するはずの「その行為」をすることができる、ということが全体主義に対する自由主義の最大の特徴であることを示唆している。
裏から言えば、「その行為」による犠牲者を失くすことを社会の第一目標に掲げるとするならば、この奇妙で不気味な幸福社会の建設を真剣に検討すべきだ、ともいえてしまうのである。
ハクスリーは本書を通じて、幸福を安易に目指すのは不合理ゆえの人間の尊さを損なうから自由を堅守しよう、とばかり言いたいわけではないと思う。むしろ、現在の我々から見ればいかに悍ましいものであったとしても、幸福な全体主義への誘惑を振り切ることはできない、という諦念を表明しているように感じられた。