
本屋lighthouse
@books-lighthouse
2025年2月14日

コンヴィヴィアリティのための道具
イヴァン・イリイチ,
Ivan Illich,
渡辺京二,
渡辺梨佐
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専門家によって建てられた家が機能的な単位住宅ということにされ、自分で建てられた家には掘立て小屋という烙印がおされる。法律は建築家が署名した図面を提出できない人々に建築許可を与えないことによって、こういう定義を定着させる。人々は使用価値を生みだす力を自分自身の時間に付与する能力を奪われ、賃金のために働き、自分の稼ぎを産業的に限定された賃貸空間と交換するように強いられる。彼らはまた、家を建てながら学ぶ機会をも奪われる。(p.143)
かつて小屋を建てながら学ぶ機会を得た(そしてそこで本を売った)者として、頷くほかない箇所である。我々は「家は建てられない=専門家に建ててもらう必要がある」と思っているが、そんなことはない。ということを小屋を建てたことがある者は知っている。確かにあの小屋は「掘立て」だったが、私は「いつでもあの小屋を建てられる」と思っていて、それが力の源になっている感覚はある。小屋はいつでも作れる。トランプに壊されてもまた作ればいい。小屋はほかのあらゆるものに代替可能でもある。



