
鳥澤光
@hikari413
2025年9月28日

聖母の贈り物
ウィリアム・トレヴァ,
栩木伸明
読み終わった
読む本読んだ本2025
《父は軍服を着たままだった。食卓の上には、大きな茶色のティーポット、お茶の葉の滓が残るふたつのティーカップ、パン切り台の上に載ったパン、それにバターとブラックベリーのジャム。父がフライを食べたお皿もあって、卵の黄身のあとが残っていた。》「マティルダのイングランド」
見たことのない光景を懐かしく思い出しているような心地がする。キッチンでおしゃべりする夫婦のどちらにも、それを見る娘にも、もっといえばテーブルやバターナイフにも滑りこんで、音や光や力が加えられるのを感じとるような、没入とは違う心の近づきかたをする。みずみずしい描写が手を引っぱって読者に小説を体感させるっていう、これは魔法かな。
「短篇小説の快楽」というシリーズ名そのままの、愉悦の嵐のごとき作品集。「マティルダのイングランド」と「アイルランド便り」を読むと自分の心がどこにあるのかわからなくなる。言葉による表現の果てしなさにくらくらする。「マティルダのイングランド」は人生でも指折りの、もしかしたら一番好きな短篇小説になっていくのかもしれない。