
蟹
@sorejamdesho
2025年9月23日
声を出して、呼びかけて、話せばいいの
イ・ラン,
斎藤真理子,
浜辺ふう
読み終わった
イ・ランさんのエッセイがすきで、2021年にイギリスに移住したときにも別のエッセイを手荷物で持っていって、コインランドリーで洗濯物を待つ間に読んだりしていた。あの時間がすきだった。知らない街のコインランドリーで、荒々しく回る洗濯機を横目に静かに本を読む時間。
今回のエッセイは前回よりさらに死について深く書かれていた。お姉さん、おばあさん、友人たち、愛猫の死。生き物は刻々とそれぞれのペースで死に向かっている。「絶対」のないこの世界で唯一の「絶対」とも言える死は、わたしに安心感をくれる。イ・ランさんもエッセイの中で、脳腫瘍が疑われてもうすぐ死が訪れるかもしれないと思ったとき喜びを覚えたと書いていた。
> ついに!待ちに待った死がやってきた。どれくらい残っているのかな?三か月?じゃあその三か月間、何をしようかな。私は誰よりかっこよく、きれいにすべてを終わらせる自信がある!
イ・ランさんはそれでも猫のジュンイチを前に、死ぬのが惜しいと、矛盾した気持ちもあったと吐露している。
わたしも医者に「あと三ヶ月で死にますよ」と言われたら、嬉しすぎて小躍りしてしまうかも。終わりが約束されているのはわたしにとって救いなのだ。