DN/HP "野原(新潮クレスト・ブックス..." 2025年9月25日

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2025年9月25日
野原(新潮クレスト・ブックス)
野原(新潮クレスト・ブックス)
ローベルト・ゼーターラー,
浅井晶子
月末の用事(FUCK)をこなしに向かう道には、少し遠回りだけれど川沿いの土手を選ぶ。人生にはときにそういうワンクッションが必要だ。左後ろから照りつける日差しにはまだ夏の暑さが残っているけれど、前から吹いてくる風には秋を思わせる冷たさがある。かきはじめた汗もすぐに冷やされてTシャツもまだサラッとしている。季節と季節の間の、ある時間帯の絶妙なタイミングにだけ感じることが出来る心地良さ。 そんななかで出がけに数十頁だけ読んでいた小説のことを考える。ローベルト・ゼーターラーの『野原』。 「小さな町の墓所に眠る29人が語る、人生の一瞬の輝き、失意の底にあっても損なわれない人間の尊厳。」 「ひとつひとつの声がもう一度聞く耳を得たらどうなるだろうと、男は想像してみた。もちろん、それらの声は人生について語ることだろう。人はもしかして、死を経験したあとでなければ、己の生について決定的な判断を下すことはできないのではないかと、男は思った。」 なるほど。もしそうであったとしたら、今はもう会えない人たちは何を語ってくれるのだろうか、あるいはわたしはなにを語れるのだろうか、と想像してみる。その人生のダイジェストか、印象的な出来事か、はたまた愛すべき日常か。どんな話にせよ、きっとそれはこの小説に書かれているように短い話であるべきなのだろう。 ちょうど一年くらい前に今日みたいな心地良さを感じていた日のことを思い出した。少し遠い街の高台にある公園のベンチ。そのときももう会えない人たちのことや死について考えていた。そのときに感じた心地良さも考えていたことも、とてもよく思い出せた。少し意外にも思ったけれど、わたしが語りたいのはそんな日のことかもしれない。あるいは、それを思い出している今日と今感じている心地良さとか。いや、まだ「決定的な判断」は下すことが出来ないか、と思いながら土手の道を歩き続ける。イヤホンから流れているのはEVISBEATSとNagipanのアルバム『萃点』で、音楽も日差しも風も全部心地が良い。なんだか少し前向きな気持ちになっていた、かもしれない。 帰り道に寄った図書館で読んだ、気になっていた対談はめちゃくちゃ面白くて、当然のように吸い込まれた古本屋では眠れない深夜に観る映画みたいに読みたい小説を買えた。鴨の動画と花の写真も撮る。今日はペンタス。かわいい花です。なんだか今日も全部OKだったかもしれない。こんなOKな日がこれからもあればいいな。ああ、やっぱりわたしはそんな日のことを語りたいのかもしれない、とそんなことを思って帰路に着く。
野原(新潮クレスト・ブックス)
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