
読書猫
@bookcat
2025年9月23日

読み終わった
(本文抜粋)
“たぶん、若いころは社会がもうちょっと真面目だったのだ。だから気楽にふざけることができた。でもいま、この世はメチャクチャだ。ふざけきった世の中でふざけることほど退屈なものはない。大人になりたいとこんなに強く考えるようになったのも、このふざけた世界をなんとかしたいという気持ちの表れなのかもしれない。“
(「エブリデイ惑いまくり」より)
”人は停滞するし間違えるし、わかっちゃいるけどやめられない瞬間が人生には何度も起きる。選択したとも思わないうちに選択していることもあるし、そのことに後から気付くことなんてザラにあるでしょ。私はいっぱいあった。これからもあるはず。そういうままならなさを全部「自己責任」にまとめてしまうの、人間らしさの否定だと感じる。“
(「仕事と大人」より)
”端的にいうと、「見てきたようなウソをつく」仕事である、小説を書くというのは。ただの大ボラではなく「見てきたような」の部分がミソで、ここをもってして人は「リアリティ」だとか「真に迫る」だとかいう評価を下す。“
(「フィクションと大人」より)
”究極の協調性って、自分が孤独な一個人であることを強く認識するところから生まれるんじゃないだろうか。“
(「協調性と大人」より)
”恋愛はどっちかっつうと人間の「愚行権」カテゴリに入るものなんじゃないかと思っている。なくても死なないもの(例えば文学とか)を必死に追い求め、いらんことをし、いらんものを求めることに人間の人間たるゆえんを感じるのだけれど、恋愛はその中でもとくに、やらんでも死なないけどやり始めるとすごくリソースを持っていく、アホな行為だと思う。「大人の恋」という慣用句があるけど、あるかよ、そんなもんと毎度つっこむ。恋をしている人間はみんなアホだ。“
(「恋バナと大人」より)
“生き物が、特に人類というややこしい種が「発展」のみを願って生きているとは私にはとうてい思えなくて、かなりの数の人間が「消えてなくなりたい」と思いながら生きているように感じる。”
(「後悔と大人」より)
“「老後に他人に迷惑をかけないように」と陰毛の脱毛までする人もいるが、もちろんその選択だって自由だけど、なんかこの「迷惑をかけないように」の閉塞感が強くて、終活周りの話題は見ていて辛くなることが多い。その人がいかに充実した、納得できる死を迎えるかより、遺族や周囲の人に迷惑をかけないことが第一目的になってるようなやつ。だって、死んじゃうんだぜ。人の死なんて誰のどんなものでも多かれ少なかれ迷惑かけるに決まってる。最期くらいもっと自分のことを考えてあげてもいいと思うのだ。“
(「終活と大人 自分編」より)
