
saeko
@saekyh
2025年9月29日

人類学とは何か
ティム・インゴルド,
奥野克巳,
宮崎幸子
小ぶりで薄く、北欧の森林を思わせるイラストが描かれた絵本のような装丁だが、その見た目に反して中身は重厚で鋭利で挑戦的だ。
旧来の人類学研究を批判しながら、著者ならではの理論を打ち立てており、しかもそれが広く一般に理解されている近代科学の考え方とは大いに異なるものであるため、人類学の入門本としてはとっつきづらいのではないかと思った。
加えて、文章が直訳的で、英文の構造をそのままに翻訳されているであろう箇所がちらほら見かけられるため、日本語として咀嚼するのも少し難しさを感じた。
一方で本書で投げかけられている視点は科学主義・定量主義に侵されたこの世界に一石を投じる、とても重要なものだ。
我々は社会を単純に理解したがる。調査対象を客体化し、分析して、その概要を明らかにしようとする。人類学においてもそのようなアプローチがとられてきたが、筆者はそれを痛烈に否定し、世界の中に潜りこみ、人々についての研究ではなく、人々とともに研究するのが人類学であり、それはなにか隠れている事実を明らかにしようとするのではなく、見えないものを見えるようにする試みであり、科学というよりもアートに等しいと主張している点が目から鱗だった。
ギアツやレヴィ=ストロースといった権威的な学者を容赦なく批判しながら、現象学や身体性認知に通底する、要素還元の否定と、世界内的存在としての人間の立場からどう生きるべきかを思索せよというクリエイティブで示唆深い投げかけがされていた。
本文内には過去の人類学の否定や学説への批判が多く、著者が主張する人類学のあるべき姿についてやその実践についての具体的な記述がやや乏しい点で少しバランスがとれていないような感じはしたが、それでもデカルト的思想に染まった我々の価値観を揺るがしてくれる、一読する価値のある本だと思った。

