noko "キッチン" 2025年10月3日

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@nokonoko
2025年10月3日
キッチン
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吉本ばなな
「人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは、自分のどこなのかわかんないと、本当に楽しいことが何かわかんないうちに大っきくなっちゃったと思うの。あたしは、よかったわ。」 と彼女は言った。髪にかかる髪がさらさら揺れた。いやなことはくさるほどあり、道は目をそむけたいくらい険しい……と思う日のなんと多いことでしょう。愛すら、すべてを救ってはくれない。それでも黄昏の西日に包まれて、この人は細い手で草木に水をやっている。透明な水の流れに、虹の輪ができそうな輝く甘い光の中で。(「キッチン」) うまく口に出せないけれど、本当にわかったことがあったの。口にしたらすごく簡単よ。世界は別に私のためにあるわけじゃない。だから、いやなことがめぐってくる率は決して、変わんない。自分では決められない。だから他のことはきっぱりと、むちゃくちゃ明るくしたほうがいい、って。……それで女になって、今この通りよ。 人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言った方が近いのかもしれない。私も、そうだった。しかし今、知った。はっきりと言葉にして知ったのだ。決して運命論的な意味ではなくて、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くり返す日々が自然と決めてしまうのだ。そして、人にはよってはこうやって、気づくとまるで当然のことのように見知らぬ土地の屋根の水たまりの中で真冬に、カツ丼とともに夜空を見上げて寝ころがらざるを得なくなる。 ーああ、月がとてもきれい。 私は立ち上がり、唯一の部屋の窓をノックした。(「満月ーキッチン2」) 等。 私はもうここにはいられない。刻々と足を進める。それは止めることのできない時間の流れだから、仕方ない。私は行きます。 ひとつのギャラバンが終わり、また次がはじまる。また会える人がいる。二度と会えない人もいる。いつの間にか去る人、すれ違うだけの人。私はあいさつを交わしながら、どんどん澄んでいくような気がします。流れる川を見つめながら、生きねばなりません。 あの幼い私の面影だけが、いつもあなたのそばにいることを、切に祈る。 手振ってくれて、ありがとう。何度も、何度も手を振ってくれたこと、ありがとう。(「ムーンライトシャドー」)
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