
なかむら
@duxuni
2025年10月4日

迷路 上 改版
野上彌生子
読んでる
「「行って見れば、わかるのだわ。」
三保子は口に出してそういった。揺籃めいた程よい振動で彼女を運んでいる自動車の外には、晩春の午後の町がいっしょに走った。速度につれて、緑に満ち、三時過ぎの斜光に照らされた路上のこまこました風物が、一枠、一枠、なにか焼絵硝子(ステインド・グラス)のような色彩と、輝やきで、両側の窓に嵌めこまれて行くのを、すこし疲れて、眠気のさした三保子はうつらうつら眺めた。そうして、もう汽車に乗っているような気にふとなったりするのに心づき、ぱっちり眼を見ひらいて、ひとり微笑(わら)いながら、なお旧領地への旅を思うのであった。きっと、鼓もよい品が残っているに違いない。みんな持って来るわ。それにしても、菅野が帰っていてよかったこと。——」(304頁)