
あさげ
@asage
2025年10月7日

長い読書
島田潤一郎
また読んだ
ふと読みたくなったので再読。落ち着いていて、決して威張るところのない著者の文章がとても好き。
――
「すごく忙しいですか?」
「うん。すごく忙しいね」
それから、ぼくは一呼吸おいて、自分がいちばん聞きたかったことを口にした。
「そんな生活環境のなかでも、本って読めるんでしょうか?」
Iさんはすると、それこそがきみにいちばん話したかったことなんだ、というような顔で、ぼくに次のように話した。
「月曜日から金曜日までめちゃくちゃ忙しいし、お昼もろくに食べられないこともあるんだけど、そういうときもぼくは、立ち食いそば屋でそばをかき込みながら、プルーストを読んだ。谷崎訳の『源氏物語』も全部読んだし、『カサノヴァ回想録』も全部読んだ。それがぼくのエネルギーになったし、いまも文学のことを考えることがぼくのよろこびだ」
ぼくの人生を決定づける一言があるとしたら、このときのIさんの言葉がそれにあたるだろう。
ぼくは『失われた時を求めて』も、『源氏物語』も、『カサノヴァ回想録』も読んだことがなかったが、Iさんの言葉を聞いて、いつか必ずそれらの長篇を読もうとこころに決めた。
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