
ぱち
@suwa_deer
2025年10月9日

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤計劃
読み終わった
読書会
『ハーモニー』読書会があるためやはり読んでおかないとと思い着手して読了。
数年前に一度『ハーモニー』は読んでいたので比較しながら読み進めたけど、共通する要素を用いながら裏返しにしたような物語を描いていることにまずは驚いた。
『虐殺器官』の話も構造的なものが重層的に作り込まれていて大変読み応えがあった。
まず気になったのが主人公の精神面。母親を亡くしたトラウマと情報管理社会、そして世界のあり方とがパラレルにつながることで形作られているように思う。
シングルマザーで育てられ家では常に母親の視線を感じていたということと、情報管理社会によってモノや行為とがすべて自分とタグ付けされることによって自己規定ができテロに晒されない安心感を得られていることとがパラレルにつながっているように描かれているように感じた。
主人公は軍人で紛争地帯で平然と人を殺す仕事をしている。一方で事故に遭い植物状態になった母親を安楽死させたことに罪悪感を抱き苛まされる日々を送っている。
ここには圧倒的な非対称性があって、これがこの作品のテーマなのだろうと思った。
もう一つ物語的に重要な要素がある。
それはキリスト教徒であり主人公の仕事の後輩でもある人物が自殺し、主人公にまた別種のトラウマを与えていることだ。
主人公は後輩がなぜ自殺したのか?をずっと考え続けるわけだけど、たぶんこれは彼(後輩)なりの非対称性の引き受け方を選んだ結果なのだろうと思う。
後輩の死は、世界への不信感をもたらし、物語の進行に伴い主人公のアイデンティティもゆらいでいく。
最終的にはそのアイデンティティの頼りにしていた人物たちを次々と亡くしていき、この世界に自分しかいないような空虚さだけが残る。
結末はこの空虚さからくる主人公の選択であり、せめてその意志だけでも示したいという感情だったのかなと想像する。
物語の中である種の要素として言及されながらも徹底して「他者の痛み」そのものを物語の内側に引き入れて描くことはしなかった。
そこを描こうとしたのが『ハーモニー』だったのかもしれない。
数年越しに再読して確かめたい。






