
いっちー
@icchii317
2025年10月10日

ナラティヴの被害学
阿部幸大
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やっと開いた
「ナラティヴの被害学」とはあえて誰が被害者で誰が加害者なのかという二元論を用いる方法論だった。
あえてそのナラティヴが与える印象について極論で考えることで検討できるようにすることが目的。
読む前は、この本はナラティヴには加害性を持つ一面があるのだよ、という示唆的なことが書いてあるのかと思ったけど、もう少し語気強めだった。フェミニズムの流れとも似ているのかもしれない、というかフェミニストの中にもこの方法論を用いてる人がいるのかもしれない。
「暴力はよくないと思います」ということを言いたいわけではなく(自明なのでその主張に学術的な価値はない)「いままさにわれわれもなんらかの暴力を許容しているということが将来あきらかになるに違いない」ということを暴こうとしている。
いや〜痛烈。暴力批判の核として、「われわれ自身の加害性を批判的に受け入れてゆくこと」=「加害性の再配分」を据えている。結果として、「加害性を付与されること」に「拒否反応を抱くようになった」。
→「反暴力を自認する常識人たちは、みずからの加害性や特権性や強者性やマジョリティ性を指摘されることに強烈な嫌悪感を示し、じぶんが悪者あつかいされる筋合いはないのだと、むしろ恵まれぬ弱者でありマイノリティですらあるのだと反駁し、被害者として認定されるポジションを占拠しようと躍起になっている。だがわれわれは、くりかえすが、加害者になることを避けることは原理的に不可能である。そもそもなんらかの点において被害者や弱者やマイノリティであると認定されたところで、それによって自動的に加害性から免責されるわけではないのだ。」
「その錯誤がまさしく、善き被害者たる「われわれ」と悪しき加害者たる「やつら」という二元論のナラティヴに囚われた者の発想である。」
→「われわれが矛先を向けなくてはならない暴力は」、「全暴力である。」
なんか進撃の巨人とかみたいな話になってきたぞ…。
加害性をポイント制みたいに再配分するっていう考え方は面白い。貧乏くじみたいにみんな引きたがらないけど、みんなで少なく、でも持っておくのが結果一番暴力の総量も少なくなりそう。
イントロ読んでほーと思ってるけど、人文知初心者ムーブかもしれん。




