
ジクロロ
@jirowcrew
2025年10月17日
蜜柑・尾生の信 他十八篇
芥川竜之介,
芥川龍之介
かつて読んだ
「それから幾千年かを隔てた今、この魂は無数の流転を閲して、また生を人間に託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生まれはしたが、何一つ意味のある仕事ができない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、唯、何か来るべき不可思議なものばかりを待っている、丁度あの尾生が薄暮の橋の下で、永久に来ない恋人を何時までも待ち暮らしたように。」
誰かが待っている、そのシーンを思い浮かべること。そうすると、いつまで経ってもやって来ないことに気づく。
ゴドー、Godot、Dの到来(『力の交換様式』柄谷行人)によるGod Dot (神、点を打つ)。
そこに誰かが来てしまっては、
どこか虚しさを感じるからじゃないか。
打たれたときがピリオドだから。
待つという行為には、快楽が含まれている。
魂というものは、いじらしい精密機械なのか。
死ぬ間際の芥川には、その歯車が透けて見えていたという事実。