noko "目の見えない白鳥さんとアート..." 2025年11月4日

noko
noko
@nokonoko
2025年11月4日
目の見えない白鳥さんとアートを見にいく
なにかをできるようになるとか、素敵な自分になりたいと願うことは健全なことだ。しかし、それが「もっと〇〇するべき」「私は努力したんだから、あなたも努力するべき」「常識では、こうだから」と勝手な「べき論」を他者や社会全体へ向けると差別や分断、生きづらさに変わる。すべてのひとは違うし、違ったままで良い。異なる他者、他者とは異なる自分を受け入れられたら、世界はもっと虹色の雪に近づくかもしれない。 「白鳥さんはそこに気づいてなにかが変わった?」 「別に劇的に変わったわけではないけど、徐々に視野が広くなっていった。あぁ、ひとそれぞれ違いはあるんだけど、そのままでいいんだって」 この時、白鳥さんが「視野が広くなった」という言葉を使ったことで、私はあの奈良で見た千手観音を思い出した。 八〇〇年も前に作られた観音像は現代に伝える。 ーあまねくみるー 突き詰めてしまうと、僕はけんちゃんの中に入り込めない。感覚にも入り込めない。ただ寄り添うだけなんですよ。このことがどれだけ大事なことか。視覚障害者の気持ちになれたと思い込む時点でアウトなんですよ!そのアウトさが世界を覆い尽くしていく。 僕らは他の誰にもなれない。それは心身を疲労してドアを閉じてしまう鬱状態のひとにも、多動症のひとにもなれない。視覚障害者にもなれない、僕らはほかの誰にもなれない。ほかの人の気持ちになんかなれないんですよ!なれないのに、なろうと思ってる気持ちの浅はかさだけがうすーく滑ってる、そういう社会なんですよ、今の社会は。だから、気持ち悪いの!だから、俺たちは、むしろ進んで、いい加減に、わあああって言いたいんですよ。この世界で、笑いたいんですよ。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved