綾鷹 "わたしたちが孤児だったころ" 2025年11月26日

綾鷹
@ayataka
2025年11月26日
わたしたちが孤児だったころ
わたしたちが孤児だったころ
カズオ・イシグロ,
入江真佐子
主人公のクリストファー・バンクスは幼いころ住んでいた上海で、両親が謎の失踪をし、孤児となる。その後、故郷イギリスの叔母の家に引き取られ、やがて探偵になる。 探偵として幾多の難事件を解決し社交界でも名声を得た彼は、戦火にまみれる上海へと舞い戻り、両親失踪事件の解決を試みる。 無限の可能性が自分にはあると考えていた子供〜青年時代を経て、自分にできたことできなかったことを振り返る初老期までの話。 自分が思い描いていた現実にならなくても、何かを諦めることになっても、その時の思いは残る。 私たちは結局は孤児なのかもしれない。結局はひとりなのだとしても、大切な時期に誰かと一緒にいたことは意味があるのだと思った。 カズオ・イシグロの祖父が上海で設立された会社の取り締まりをしており、祖父母が上海で撮り溜めた当時の写真を見たことにより、カズオ・イシグロは上海への興味を深めたと言われている。 ・自分の振舞いにひどくがっかりすると、父と母はお互い話すのをやめてしまうのだ、とアキラは言った。わたしの場合、これはわたしがイギリス人としてふさわしい振舞いをしなかったということになる。そう考えれば、両親の沈黙と自分がその点で何か失敗したこととを結びつけることができるはずだ、とアキラは言った。アキラは、自分が日本人の血を貶めるようなことをしたときにはいつも自分でわかると言い、それで両親がお互いしゃべるのをやめてしまうのはごく当たり前のことだと言った。わたしたちがそのようにふさわしくない振舞いをしたと言うのなら、どうして両親はいつものように叱らないのだ、とわたしがアキラに訊くと、アキラはそういうことではないのだと説明した。つまり自分が言っているのは罰せられるようなふつうのいたずらとはまったく違う種類のことなのだ、自分が言っているのは、両親があまりに深く落胆してしまって、わたしたちを叱る気にもなれないようなときのことなのだ、と。 ・それからアキラは起き上がって座ると、そのとき半分ほど窓の上に引きおろされていた木製の日よけブラインドを指で示した。ぼくたち子供は、あの木製の羽根板を留めつけている燃り糸のようなものなんだ、とアキラは言った。日本人の僧侶からこう聞いたことがある、とアキラは言った。ぼくたちは気がつかないことが多いけれど、家族だけではなく、全世界をしっかりとつなぎとめているのは、ぼくたち子供なんだ、と。もしぼくたちが自分の役割をきちんと果たさなかったら、羽根板ははずれて床の上に散らばってしまう、と。 ・すべてはばらばらに散らばってしまうかもしれない。きみの言うとおりかもしれないよ。 それはぼくたちが簡単には逃れられないことなんだと思う。人間は自分が何かに属していると感じる必要がある。国とか人種とか。そうでないと何が起こるかわからないからね。 今ぼくたちが属しているこの文明も、ひょっとしたら崩壊してしまうかもしれない。そしてきみが言ったように、すべてはばらばらになってしまう ・ああ、クリストファー。あたくしたち二人ともどうしようもないわね。そういう考え方を捨てなきゃいけないわ。そうじゃないと、二人とも何もできなくなってしまう。あたくしたちがここ何年もそうだったみたいに。ただこれからも寂しさだけが続くのよ。何かはしらないけれど、まだ成しとげていない、まだだめだと言われつづけるばかりで、それ以外人生には何もない、そんな日々がまた続くだけよ。もうそういうことは置いておかなくては。 ・何が手遅れに・・・・って、もう、知らないわよ。あたくしにわかっているのは、あたくしが何かを探しながらここ何年も無駄にしてしまったってことだけ。もしあたくしがほんとうに、ほんとうにそれに値するだけのことをやった場合にもらえる、一種のトロフィーのようなものを探しているうちにね。でも、そんなものはもういらない。今は他のものが欲しいの。温かくてあたくしを包みこんでくれるようなもの、あたくしが何をやるとか、どんな人間になるとかに関係なく、戻っていけるものが。ただそこにあるもの、いつでもあるもの。ちょうど明日の空みたいに。そういうものが今は欲しいの。あなたもそういうものを欲しがっているはずだと思うの。 ・大佐はうなずいた。「今から思うと子供時代なんてずっと遠くのことのようです。このあたりすべてが」と彼は車の外を身振りで示した。「ひどくやられてしまいました。日本の歌人で、昔の宮廷にいた女性ですが、これがいかに悲しいことかと詠んだ人がいます。大人になってしまうと子供時代のことが外国の地のように思えると彼女は書いています」 「あの、大佐、わたしには子供時代がとても外国の地のようには思えないのですよ。いろんな意味で、わたしはずっとそこで生きつづけてきたのです。今になってようやく、わたしはそこから旅立とうとしているのです」 ・わたしはあちこちにーー店々の外にある中国語の看板や、市場で商売にいそしむ中国人の姿そのものにーー上海のぼんやりとした名残りを認めたとは思う。しかし、そのような名残りはむしろ不愉快なことのほうが多かった。それはまるで、ケンジントンやベイズウォーターで開かれている退屈なディナー・パーティに出席して、自分かかって愛した女性のまたいとこかなにかに出会ったようなものだ。身振りや、顔の表情、ちょっと肩をすくめるような動作が記憶を呼び覚ましはするが、そこにいるのは結局のところ、大切にしてきたイメージのぎごちない、いやグロテスクなと言ってもいいほどのパロディにすぎないのだ。 ・母は相変わらずわたしの肩越しに遠くを見ていたが、その顔に困惑の表情が浮かんだ。 「パフィンを許すですって?パフィンを許すとおっしゃいました?許すって何を?」それから、彼女はもう一度幸せそうににっこりと笑った。「あの子はね。うまくやってるらしいわ。だけど、そうは聞いてもほんとうのところはわかりません。ああ、あの子のことが心配でたまらないわ。ほんとうはどうかわからないんですもの」 ・「きみにはばかばかしく思えるかもしれないがね」先月、あの旅のことをふたたび話し合っていたときに、わたしはジェニファーに言った。「あの人がそう言ったとき初めて、あのときになって初めてわたしにはわかったんだよ。つまり、母はずっとわたしを愛しつづけてくれていたんだってことが。いついかなるときもずっとね。母はわたしがちゃんとした暮らしをしてくれているようにと、そのことだけを望んでいたんだ。その他のことはすべて、わたしか母を捜したそうとしていることだとか、世界を破滅から救おうだとか、そんなことはどうなっても関係なかったんだ。母がわたしを思う気持ち、その気持ちはいつもただそこにあったんだよ。どんなことにも左右されることなく。そんなことは、それほど驚くべきことではないかもしれない。だがわたしには、そう気づくのにこれだけの時間がかかったんだよ」 ・「ご自分のお仕事のことをそんなふうにひどく言ってはいけないわ、クリストファーおじさま。わたしはおじさまがやろうとなさってきたことを、ずっととても立派だと思ってきたのよ」 「やろうとした、まさにそのとおりだよ。結局のところはほとんど何もならなかった。いずれにしても、今となってはすべて終わったことだ。最近のわたしの夢は、このリウマチをなんとか抑えこむことだよ」 ・彼女の手紙のこの部分にはーーとりわけ最後の行にはーーどこかほんとうとは思えないところがあった。手紙全体を通して感じられるある微妙な調子がーーというより、あの時点で彼女がわたしに手紙を書いてよこしたという行為そのものが“幸福な生活と伴侶に"恵まれている日々だという彼女の報告と、どこかそぐわない感じがした。そのフランス人の伯爵との生活が、ほんとうにあの日、彼女が上海の桟橋から旅立ったときに頭に思い描いていたものだったのだろうか?わたしには、どうもそうとは思えないのだ。使命感のことや、それを回避しようとするなど無駄なことだと口にするとき、彼女はわたしのことと同時に自分自身のことも考えているような気がしてならない。おそらくそんな心配などせずに、人生を送っていくことのできる人々もいるのだろう。しかし、わたしたちのような者にとっては、消えてしまった両親の影を何年も追いかけている孤児のように世界に立ち向かうのが運命なのだ。最後まで使命を遂行しようとしながら、最善をつくすより他ないのだ。そうするまで、わたしたちには心の平安は許されないのだから。 ◾️解説 「あなたは孤児になるために、この物語を読むんだよ」
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